騎士物語 7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王弟殿下の第2王子は、御年8歳。

読書と絵を描くことが好きで、図書館がお気に入りの場所である、物静かで、聡明な、第1王子とは正反対。

外で遊ぶことが大好きで、神出鬼没の、やんちゃな第2王子の存在を知らない者は、王宮内にはいない。

近衛兵も女官も、下働きの庭師から、料理人に至るまで、腕白王子は、王宮のアイドルだ。そして、そんな王子の、一番のお気に入りの「友人」が、若き近衛兵・カノンだった。

 

「少しは、お兄様を、お見習いあそばせ」

「またそのような、いたずらを。お兄様は、そのようなことは、一度もなさいませんでしたぞ」

みんな、お兄様を褒めて、僕を叱る。大嫌いだ。父上も母上も、じいやもばあやも。僕は大きくなったら、カノンのような、強い騎士になる。

 

 

「王子はお兄様が、お嫌いなのですか?」

遠乗りの帰りに、カノンは、小さな主君に尋ねた。

「嫌いじゃない。お兄様は、とっても綺麗な絵を描いてくださるし、僕が父上にお仕置きをされた夜は、こっそり寝室に来て、僕が眠るまで、ご本を読んでくださる」

「ご兄弟のお仲がよろしいのは、何よりです」

「カノンにも、お兄様がいるのだろう?」

「はい」

「カノンも、お兄さまが好きか?」

「はい」

「僕よりも?」

「・・・」

 

「カノン、剣の相手をせよ」

衛兵交代の時間が来て、やっと任務から解放されたカノンは、小さな主君に呼び出された。

王子の相手をするときは、無論、手加減するが、宮中一の遣い手であるカノンに、8歳の王子が、かなうはずもない。

癇癪を起こした王子は、足下にあった石を拾い、カノンに投げつけた。

カノンは、巧みに身をかわし、王子が投げた石は、庭の石像を直撃した。がしゃんと音がして、石像の腕の部分が、割れた。

 

「カノン、どうしよう?」

王子は、真っ青になった。

「ねえ、カノン。父上に知られたら、お仕置きだよ。お尻をうんと鞭でぶたれる。ああ、カノン。助けて」

 

カノンは、縋りつく王子の手を取って

「ご安心なさい。これは、私がしたことにします」と、告げた。

「でも」

「お仕置きは、私が受けます」

「ダメだよ。父上のお仕置きは、とっても痛いよ。カノンだって、泣いてしまうよ」

「私はもう、大人です。お仕置きぐらいで、泣いたりはしません」

 

 

カノンは、王弟殿下の御前に引き出され、床に四つん這いにされ、殿下自らのふるう鞭で、背中に、鞭打ちの罰を受けた。

「近衛兵ともあろう者が、王宮の庭の石像を割るとは、なんたる不届き」

カノンは、歯を食いしばって、鞭打ち50打の罰を受け、その後、兄の部屋に呼ばれた。

 

ヘミオラは、物も言わずにカノンを睨みつけ、懲罰台にうつ伏せにすると、シャツをたくし上げ、続いて、ズボンと下着を下ろした。

「兄さま、お願い。お尻叩きは、イヤだ。もう、子供じゃない」

「背中にはもう、打つところがない」

 

振りかぶって見上げる、弟の頭を鷲づかみにして、懲罰台に据えると、ヘミオラは、皮鞭を、剥き出しの尻に振り下ろした。

あっという間に、お尻は真っ赤に腫れ上がり、カノンは、泣き叫んだ。

「痛い、痛いよ。やめて、兄さま」

「痛いよ、許して。兄さま・・・兄さま」

どんなに泣いてもわめいても、兄はいっこうに、鞭を止めてくれない。

 

  

叫びすぎて、喉が嗄れる頃、ようやくヘミオラは、鞭を止めてやった。カノンのお尻は真っ赤に腫れ上がり、血が滲んでいた。ヘミオラは、尻と背中に、薬を塗ってやった。

「兄さま」

かすれた声で、弟が呼びかけるが、返事はしてやらない。

「お願い。何か言って」

「暫く、そうしていろ」

ヘミオラは、冷たくそう言い放って、部屋を出て行った。弟のすすり泣く声は、廊下まで聞こえた。

 

  

王弟殿下にお詫びを申し上げ、部屋に戻ると、懲罰台の上でカノンは、ぐったりと泣き疲れて、眠っていた。血まみれの背中と尻が、痛々しい。

石像を割ったのは、カノンではないと、ヘミオラは、見抜いていた。弟は、王子を庇ったのだろう。だがそれは、臣下として、してはならないことだ。

 

  

頬にかかった前髪を、掻き揚げてやると、カノンは、眼を覚ました。

「兄さま」

縋るような眼で見上げる弟が、いじらしい。

「当分、そこにいろ」

「怒っているの?」

「当たり前だ」

 

  

 

その日の夜

「殿下のおなりです」と、部屋の外の衛兵が、告げた。

「なに?」

王族自らが、近衛隊長の私室を訪ねるなどということは、あり得ない。

「お召しではないのか?おなりなのか?」

「はい」

 

さすがのヘミオラも、慌てた。しかし、場を取り繕ういとまもなく、殿下は、ずかずかと、部屋に入ってきた。

そして、懲罰台に据えられたカノンを見るなり

「ヘミオラ。今すぐ、カノンへの仕置きをやめよ」と命じた。

「は?」

「カノンは、無実だ」

 

  

殿下は、懲罰台に歩み寄り

「先刻から、王子の様子がおかしいので、問いつめたら、白状しおったわ。あれは、カノンの仕業ではない、自分がやったのだとな」

と言った。

「そなたは、王子を庇ってくれたのだな。無実のそなたを罰したこと、許してくれ」

「殿下、畏れ多うございます」

カノンは、かすれる声で、そう言うのがやっとだった。

「可愛そうに。こんなになるまで、兄に懲らしめられておったのか」

殿下はそう言って、自らカノンを抱きかかえ、懲罰台から下ろしてやった。 慌ててヘミオラが、弟を抱き取った。

カノンは、兄の腕の中で気を失い、そのまま、ベッドに横たえられた。

 

「王子はカノンに、剣の相手をしてもらっていた。カノンは、宮中一の遣い手。どうしてもかなわない相手に、王子は癇癪を起こし、カノンに石を投げつけた。 

それが、石像に当たったのだ」

「そうでしたか」

「私のお仕置きが怖いと、おびえる王子に、カノンは、自分がやったことにすると、申したそうだ」

「・・・・」

「ヘミオラ、そなたひょっとして、気づいていたのではないのか?弟は、無実だと」

「いいえ」

「嘘をつけ」

「だとしても、弟を罰しないわけには、まいりません。王子のおいたは、弟が、お相手仕っている間に、起きたのです。防げなかったのは、弟の罪です」

「もう十分だ。許してやれ」

「畏れ多いお言葉」

「明朝二人で、謁見の間へ、出仕せよ。王子からカノンに、詫びを言わせる」

「そのような、畏れ多いこと」

「自らの過ちを、臣下になすりつけて、罰を逃れるなど、もってのほかだ」

 

  

 

王族といえども、国王の末弟の、第2王子ともなれば、ゆくゆくは臣下へ降り、王家を守る騎士とならねばならない。

コンツェルティーノ公爵家の始祖が、そうであったように。殿下は王子を、そういう騎士に、育てあげねばならない。

ヘミオラの父が、代々のコンツェルティーノ家の当主が、そうしてきたように。

「ご心中、お察し申し上げます」

「カノンを、許してやれ。そして明朝、二人で我が元へ、出向け」

「はっ」

 

  

 

 

しばらくして、カノンは、眼を覚ました。

「なぜ、王子を庇った?」

「あまりに、おかわいそうだったから。王子は、怯えておられました」

「だが、おいたをなさったのであれば、素直に罪を認め、潔く罰を受けて頂かねばならぬ。本当に、王子のおためを思うのであれば、お諫め申し上げるのが、臣下の務めだ」

 

「王子は、ゆくゆくは臣下に下られるお立場だ。勇気と潔さを持って、厳しく己を律することのできる騎士に、なって頂かねばならぬ」

カノンは、自身の幼少期を思い出した。兄は、いつでも優しかったが、父や母のお仕置きからだけは、庇ってくれなかった。

泣きついても

「悪いことをしたのだから、潔く、罰をお受け」と、突き放された。

あのときは、兄の冷たさを恨んだが、あれは、弟の将来を見据えての、兄の愛情だったのだ。愛することと、甘やかすことは、違う。

 

「私は、王子のおためにならないことを、してしまったのですね」

「そうだ」

カノンは、うなだれた。忠臣気取りで、王子を庇ったが、とんでもない心得違いをしていた。騎士としても、貴公子としても、廷臣としても、自分はまだまだ、半人前だ。

 

「私は、愚かな追従者でした」

ヘミオラを見上げたカノンの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。

「愚かな追従者たるより、賢明な忠臣たれ」という、公爵家の家訓を、常々、兄から教わっていたというのに、その教えを活かせなかったことが、情けなく、悔しい。

兄は、黙って膝の上に、抱き寄せてくれた。そして、優しく髪を撫でられながら、カノンはいつしか、深い眠りに落ちた。

 

  

 

翌朝、謁見の間で拝謁した王子は、痛む尻を庇いながら、立っていた。

「カノン、ごめんね」

そう言うなり、王子は泣き出した。

「王子」

思わず駆け寄り、跪くと、小さな主君はカノンの胸に、縋りついた。

「父上に、うんと叱られた。お尻を革の鞭で、100回ぶたれた」

「おいたわしい」

「でもカノンは、ヘミオラから、もっと厳しいお仕置きを、受けたのだろう?」

「そんなことは、ございません。それに、申し上げましたでしょう?カノンはもう、大人ですから、お仕置きぐらいで、泣いたりはいたしません」

傍らで兄が、ふっとほくそ笑んだ。懲罰台の上で、泣き叫んで赦しを請うたのは、どこのどいつだ?

 

「父上に、言われたの。おいたをするのは悪いことだけど、罪を他人になすりつけて、お仕置きから逃げるのは、もっと悪いことだって」

カノンは、殿下を見上げた。

「殿下。差し出がましいことを、いたしました。私は王子がおかわいそうで、つい庇ってしまいましたが、それは王子のおためにならない、一番してはいけないことでした」

「兄に、そう言われたか?」

「はい」

「カノン。この子は、腕白でやんちゃだが、剣の筋は悪くはない。厳しく仕込めば、良い騎士になれよう」

「はっ」

「これからも、この子の良き相手に、なってやってくれ」

「勿体ないお言葉」

「腕白は腕白同士。気が合うであろうからな」

「お言葉ではありますが、私は、腕白ではありません」

「カノン」

 

兄が、厳しい口調で、叱りつけた。

「殿下に口答えするような不届き者は、あとで、どのような目に遭っても、知らんぞ」

「よい。ヘミオラ。そなたは弟に、厳しすぎる」

殿下はそう言って、小箱を差し出した。

「このたびの、詫びと褒美だ」と言い、二人を手招いて耳元で

「カノンの背中と尻に、塗ってやれ」と囁いた。

「御意」

ヘミオラはにやりと笑い、カノンはふくれっ面をして、殿下からの下賜の品を受け取った。

 

  

兄の部屋に戻ると、カノンは、近衛兵の正装を脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込んだ。鞭打たれた背中の傷が、シャツに擦れて、痛くてたまらない。

その傍らに腰を下ろしたヘミオラは、弟を膝の上に抱き寄せ、容赦なく、ズボンと下着をずり下ろした。

「イヤだ、兄さま。恥ずかしい」

 

  

殿下から賜ったばかりの薬を、腫れ上がった尻に塗ってやってから

「お仕置きぐらいで、泣いたりはしないだと?この見栄っ張りが」

と言って、平手でお尻を、ぴしゃりと一発ぶつと、カノンは「痛い、やめて兄さま」と、早くも泣き声になった。

 

ヘミオラは、軽くお尻をさすってやり、次に背中に、薬を塗ってやった。

「まだ、怒ってる?」

鼻をすすりながら、涙声で機嫌を伺う弟に、ヘミオラはとうとう、苦笑を漏らした。

「いいや」

「兄さま」

カノンは、兄の膝に縋りついて、甘えた。

 

「傷が治るまで、ここで、おとなしくしていろ」

「はい」

「この前みたいに、勝手に部屋から、抜け出したりしたら・・・」

「お尻と背中が痛くて、起き上がれない」

「自業自得だ」

「兄さまの意地悪」

「私は、当然の罰を与えたまでだ」 

   

 

口では厳しいことを言いながらも、ヘミオラは、カノンが寝入るまで、優しく髪を撫で続けてくれた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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