騎士物語 6

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘミオラとカノンの従姉妹にあたる、ラルゲットの輿入れが決まった。ラルゲットはヘミオラより5歳年下、カノンより8歳年上。

ヘミオラに妹のように可愛がられ、カノンを弟のように可愛がった従姉妹の婚礼に先立ち、兄弟は、祝賀会に招待された。

 

 

「ようこそ、ヘミオラ兄さま。カノン、ごきげんよう」

「ラルゲット姉さまなの?」

カノンは、思わず尋ねた。カノンの知っているラルゲットは、お転婆で男勝り。

馬に跨り、木に登り、剣を振るい「嫁のもらい手がない」と、叔父を嘆かせていたというのに。

「そうよ。それ以外の誰だというの?」

「あんまり、お綺麗になられたから」

「わたくしは、昔から綺麗でした。失礼な子ね」

 

ヘミオラは、吹き出した。見かけはすっかりレディになったが、気の強い中身は変わっていない従姉妹と、相変わらず、思ったことを飾らず口にする弟。

「親愛なるラルゲット嬢、弟の無作法を、お許しください」

ヘミオラはそう言って、ラルゲットの手を取りひざまずいてキスをし、カノンも、それに倣った。

昨年、社交界にデビューしたばかりのカノンは、徐々に貴公子としての作法を、身につけつつはあったが、まだまだ、ぎこちない。

兄の洗練された所作を、見よう見まねでなぞるだけで、精一杯だ。

 

「ますます綺麗になって、まぶしいぐらいだ」

ヘミオラはそう言って、ラルゲットの腰に腕を回し、エスコートした。

近衛隊にいるときの兄は、凛々しい武官だが、社交界での兄は、洗練された貴公子になる。

ご婦人方をスマートにエスコートし、洒落た会話で笑わせ、さりげない気配りで、楽しませる。

 

去年、近衛兵になったばかりの頃、国王夫妻の行幸に付き従ったカノンは、沿道につめかけた民衆に

「それ以上前に出ないで。近衛兵の馬を驚かせると蹴られるぞ」と呼びかけた。

「おやまあ、ずいぶん可愛い坊やだこと」

「近衛兵は、容姿端麗ぞろいだけど、こりゃまた、極上のお兄ちゃんだねえ」

初々しい最年少の近衛兵は、おかみさんたちの、格好のからかいの的になった。

「ええい、前に出るなと言うに」

「照れてるよ、可愛いねえ」

「うるさい!!侮辱罪で、逮捕するぞ」

 

カノンは、あやうく癇癪を起こし掛けた。そこへ兄が、馬で駆け寄り

「お美しいマダムたち。それ以上前に出られると、馬が驚いてしまいます。お怪我でもされては大変ですから、今少し、お下がりください」と言ったとたん、

野次馬のおかみさんたちは、ぽっと顔を赤らめながら、ヘミオラを見上げ

「かしこまりました。近衛隊長さま」と言って、潮が引くように下がったではないか。

さっきまで、自分をからかっていたおばさん連中が、少女のように恥じらいながら、凛々しい近衛隊長を、見つめている。兄はまるで、魔法使いだ。

たった一言で、うるさいマダム達を黙らせ、流し目ひとつで、従わせる。

 

 

近衛兵になってから、時々兄が、とてつもなく遠く、感じることがある。直属の部下になって、今までよりずっと長く、一緒にいられるのに、手の届かない存在に、思えるときがある。

生まれて初めて味わう、得体の知れない感覚に、16歳のカノンはとまどい、苛立っていた。

カノンは、そっと二人から離れ、パティオに出た。

追ってきてくれるかと期待した兄は、自分が側から離れたことにも気づかぬようで、ラルゲットや他の招待客たちと、おしゃべりに興じている。兄さまが、遠い。

カノンはベンチに腰掛け、一人でやけ酒をあおった。

 

 

「カノン」 

ラルゲットに呼ばれて、カノンは振り返った。

「風が冷たくなってきたわ。中にお入りなさい」

「お構いなく、姉さま」

「何を拗ねているの?」

「拗ねてなど、いません」

「嘘おっしゃい。ヘミオラ兄さまを独り占めできなくて、拗ねているのでしょう?ちっとも変わらないのね。甘えん坊さん」

ラルゲットはそう言って、指先でカノンの頬を突いた。子供扱いされて、カノンは癇癪を起こした。

「うるさい、私に触るなっっ」

そう叫んで、従姉妹の指先を払いのけようとした瞬間、手に持っていたグラスからシャンパンが、彼女の美しいドレスに、こぼれ落ちた。

 

「カノン!」

駆け寄ってきた兄に、いきなり横っ面を張られた。

「ご婦人に暴力をふるうとは、何事だ?ラルゲットに、謝りなさい」

カノンは兄を睨みつけ、中庭を飛び出し、そのまま馬に飛び乗って、屋敷に戻った。

 

  

その夜遅く、帰宅したヘミオラは、まっすぐカノンの部屋に向かい、ベッドに潜り込んでいる弟を引きずり出すと、ズボンと下着を下ろして、お尻を剥き出しにし、樺鞭で打ち据えた。

「放せ、やめろ」

カノンは悪態をつき、必死で抵抗したが、兄の腕力には、かなわない。

 

「謝れ」

「イヤだ」

「カノン!!」

「放せ。兄さまなんか、大嫌い」

ヘミオラは、カノンのお尻を50打ぶって、部屋を出て行った。弟の口からは最後まで、謝罪の言葉は、出なかった。

 

  

 

翌日、ヘミオラはカノンに、来週からの、50日間の辺境警備隊勤務を、命じた。

国境の警備は、基本的にそこに領地をもつ領主の務めだが、王都を遠く離れた遠方領土では、国王の目が届かないのを良いことに、領主が敵国にねがえる危険を、常にはらんでいる。

そのため、都に常駐する軍から、常に人員を配置している。名目は警備の援軍だが、実質は、辺境地域の領主と領民の、監視だった。

 

 

近衛隊では、入隊3年めに、辺境警備につかせるのが慣例だった。入隊からまだ1年しかたっていないカノンを、辺境警備隊に送るのは異例の早さで、ヘミオラは

「畏れながら、弟ぎみには、まだ早すぎるのでは?」と何人もの部下から言われたが、耳を貸さなかった。

カノンの傍若無人ぶりが、許せなかった。今までもカノンは、さまざまないたずらをしてきたが、女性に暴力をふるったことは、一度もなかった。

騎士としての礼を失し、過ちを認めず、謝罪しようとしない弟に、ヘミオラは、怒りを爆発させた。

 

しばらく一人になって頭を冷やせ。これは隊長としての命令ではなく、兄としてのお仕置きだ。

仕事に私情をはさんだことなど、一度もなかったヘミオラが、怒りを抑えることができず、弟に、懲罰人事を発動した。

 

  

出発までの3日間、カノンは一言も、兄と口をきかなかった。ヘミオラは、辺境警備隊長に、弟を託す旨の書簡を、送った。

警備隊長は、ヘミオラの幼なじみであり、士官学校の同級生だった。

身の回りの世話は、すべてばあやにしてもらい、羽布団にくるまってしか、寝たことのない温室育ちのカノンにとって、洗濯も食事の支度も、すべて自分でしなければならず、宿営地のテントの中で寝る生活は、生まれて初めての試練になる。カノンに、それとなく目を配ってやって欲しいと、頼んだ。

そして、カノンの荷物の中にひそかに、尻に塗る薬を忍び込ませた。

 

  

1週間後に、義母の元へカノンからの手紙が届いた。生まれて初めて、親元から離れて暮らす生活は、案外楽しく、元気でやっていると書かれていた。

半分は強がりだろうが、半分は本音だろうとヘミオラは思った。やんちゃで腕白なカノンは、どんな環境にでも順応できる。手紙には、ヘミオラのことは、一言も触れていなかった。

最後に「追伸 兄さまにも、よろしくお伝えください」とのみあった。

ヘミオラは、苦笑した。カノンの意地っ張りは、いまに始まったことではない。

 

  

 

その3日後、ラルゲットが訪ねてきた。

「カノンを辺境警備隊に、おやりになったんですって?」

「なぜ、それを知っている?」

ラルゲットは黙って、カノンからの、手紙を差し出した。先日の無礼を、詫びていた。

「ヘミオラ兄さま。もしかして、先日のわたくしへの振る舞いの罰として、カノンを遠くへおやりになったの?」

「ああ」

「厳しすぎますわ」

「私のそばにいては、カノンは決して謝るまいよ。意地っ張りのあいつは、叱れば叱るほど、ますます意固地になって、自分の殻に閉じこもる。

 少し距離を置くことが、必要だったのだよ」

 

「カノンは、泣いているわ」

ラルゲットはそう言って、手紙の一部分を指さした。

「インクが滲んでいます。きっと、泣きながら、この手紙を書いたのよ」

「日付をご覧。向こうに着いて、すぐに書いている。確かにこの手紙は、泣きながら書いたかもしれないが、着任してもう、1週間以上たっている。

そろそろ、元気を取り戻している頃だ」

「お兄さまは、何もかもお見通し?」

「まさか。最大の誤算があった」

「何?」

 

ヘミオラは、ふっと苦笑を漏らし

「カノンがいないと、私は寂しくてたまらない。まさか自分がこれほど、カノンを必要としているとは、気づかなかった」と白状した。

「じゃあ、わたくしが慰めてあげる」

そう言って、首筋に両腕をまわしたラルゲットを、ヘミオラは押しとどめた。

「嫁入り前の淑女が、することでは、ないぞ」

「カノンへのお返事に、なんと書けばよろしい?」

「そなたの思ったとおりに」

「お兄さまからの伝言は?」

「なにもない」

「兄弟そろって、意地っ張りなのね」

「父上に似たんだ。二人とも」 

 

そして、50日間の勤務をつつがなく終えて、カノンは帰郷した。勤務報告のため、ヘミオラの前に立ったカノンは、

「ただいま戻りました」と言って、敬礼した。

「長い間、ご苦労だった。今日はこのまま、帰宅せよ。ゆっくり休むがよい」

「はい」

カノンは顔を上げて、ヘミオラを見つめた。それだけで、涙が溢れた。慌てて顔を背け

「失礼します」と言って、兄の部屋を辞した。

 

その直後、辺境警備隊長が、ヘミオラを訪ねてきた。

「このたびは、愚弟が世話になった」

ヘミオラは、幼なじみに深謝した。

「いやいや。貴公の弟ぎみは、なかなかに優秀だった。頼もしい助っ人を送ってくれて、むしろ礼を言うのは、私のほうだ」

警備隊長は、にこやかに笑い

「ところで、宿営地を引き払うとき、くずかごの中から、このようなものが出てきた」と紙片を渡した。くしゃくしゃにされた紙は、丁寧に伸ばされ折りたたまれていた。

 

「文書か?」

「よもや、敵方と内通した秘密文書の写しではあるまいなと、私もぎょっとした」

「読んでもよいのか?」

「是非」

ヘミオラは、折りたたまれた紙片を開いて、眼を通した。

 

 

親愛なる兄上

ここへ来て、5日目の夜を、迎えました。私は今、人生で一番辛い罰を、受けています。 

兄さまに会えなくて、寂しくて、悲しくて、不安と後悔に苛まれながら、毎日泣き暮らすという、耐え難い罰を。どうすれば許して頂けるのか、そればかりを考えています。

素直になれず、兄さまと口も聞かずに、ここへ来てしまったことを、死ぬほど後悔しています。

兄さまが、なぜあれほどお怒りになったか、今では私は、それを正しく理解しているつもりです。 私は、騎士としての礼を失しました。 

か弱い女性に、暴力をふるいました。

 

私はあのとき、ラルゲット姉さまに、嫉妬したのです。兄さまにエスコートされる姉さまに、嫉妬したのです。兄さまを取られたようで、悔しかった。 

そしてそれを、姉さまに見透かされたことが、恥ずかしくて、いたたまれなくて、あんなことをしてしまった。後悔しています。自分の振る舞いを恥じています。 

姉さまには、ここへ来てすぐ、お詫びのお手紙を出しました。

 

敬愛する兄さま。兄さまに会いたい。許して頂けるのなら、どんなことでもします。

ごめんなさい、ごめんなさいと100回でも1000回でも、インク壺のインクがなくなるまで、書き綴りたい。インクが無くなったら、この指を切り、この血で書き綴りたい。

許して頂けるのなら、どんなお仕置きをされてもいい。だから、お願いです。どうかお赦しください。そして、私がどれほど兄さまを愛しているか、兄さまを、

文面は、ここで途切れていた。

 

 

 

「どう思う?」

警備隊長は、にやりと笑って尋ねた。

「密書では、ないようだな」

ヘミオラは、紙片を折りたたみ、友人に返しながら答えた。

「この手紙の主に、お心あたりは?」

「ないな」

「ほお、左様か」

 

友人はそう言って、大袈裟に驚いてみせ

「まあとにかく、これは貴殿に預ける」と言いながら、ヘミオラに紙片を押しつけた。

「私に預けられても、困る」

「私にも、必要ない」

友人どうしは、手紙を押し付け合い、警備隊長は

「そのうち、心当たりを思いつくかも知れぬ。それまで、じっくり詮議するがよかろう」と言った。ヘミオラは、とうとう根負けした。

「分かった」と言って、胸元に手紙をしまったヘミオラに、幼なじみは

「兄弟そろって、頑固ものどうしか。お父上譲りだな」と、からかった。

 

  

 

 

なぜ、素直になれないのだろう。

「ごめんなさい、兄さま」

その一言が、なぜ、言えないのだろう。宿営地で何度も、兄に手紙を書こうとした。しかし、書けなかった。

書きかけてはやめ、書き直しては破り捨て、結局、一通の手紙も兄に出せなかった。兄からも、一通の手紙も来なかった。

待っていたのに。

自分で書かないまでも、せめて母に伝言を託してくれないかと、母からの返信が来るたびに、隅から隅まで読み漁ったが、兄のことには、一言も触れられていなかった。

 

カノンには、分かっている。兄は、怒っている。そして、心優しい兄を、ここまで怒らせたのは、自分だ。

詫びて、赦しを請い、縋りつきたいのに、50日ぶりに再会した兄の姿を見たら、言葉は出てこなかった。

涙は、こんなに溢れ出て止まらないのに、なぜ、言葉は出ないのだろう。いっそ涙が、しゃべってくれれば良いのに。

 

カノンは、部屋のテラスに出て、フェンスを飛び越え、後ろ手に手すりを握りしめた。この手を放したら、ここから落ちたら、死ねるだろうか?

兄に許してもらえないまま、日々を過ごすぐらいなら、死んだほうがましだ。

 

「カノン!何をしている?」

声の方向を辿ると、鬼のような形相をした兄が、自分を見上げていた。

「じっとしていろ。動くなよ」

飛び込んできた兄に、羽交い締めにされ、テラスの内側へ引きずり込まれた。そのまま抱き上げられ、部屋に入り、ベッドの上に、どさりと落とされた。

 

「何と言うことをするのだ?死ぬ気か、このバカ者」

「ごめんなさい」

どうしても言えなかった言葉が、するりと口をついて出た。沈黙の堰が切られると、カノンは兄に縋りついて、声を上げて泣いた。

 

「兄さま・・・兄さま・・兄さま、兄さまぁぁ」

「何度も呼ばずとも、聞こえている。まだ耳は、遠くなっておらぬ」

ヘミオラは、弟を抱き寄せた。肩を震わせ、子供のように泣きじゃくる弟の涙が、ヘミオラのシャツにしみ込み、兄はその滴の中に、弟からの、50日分の謝罪の言葉を聞いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」と血で綴るかわりに、弟は涙で、兄の胸に訴えた。

 

「兄さま。もう二度と遠くへ、やらないで。どんなお仕置きをされてもいいから、兄さまのそばに、いさせて」

カノンは、しゃくりあげながら、訴えた。

「泣くか、しゃべるか、どちらかにしろ。何を言っているのか、わからぬ」

ヘミオラはそう言って、カノンを固く抱きしめたが、本当は弟の訴えは、一言一句、聞こえていた。

 

  

激しく泣きじゃくっていたカノンが、泣き止むのを待って、ヘミオラは、弟の顎に手をかけて顔をあげさせ、頬に残っている涙を、掌で拭ってやった。

「罰としての遠方行きは、二度と命じない。だが、任務としてはこれからも、時折は辺境へ、出向いてもらわねばならない」

「ご命令のままに」

カノンは、そう言って頷いた。

 

「これからは、私の名代として、わが領地の視察にも、行って貰うことになる」

「兄さまの名代?」

「そうだ」

「私に、そんな大役が、務まりましょうか?」

「やって貰わねば困る。いつまで私一人に、当主の重責を、背負わせるつもりだ?」

「・・・自信が・・・ありません」

 

  

カノンは、ヘミオラの腕を掴み、兄を見上げた。

「こたびのお仕置きで、思い知らされました。私は、兄さまがそばにいて下されなければ、一人では、何もできない。

陛下のお供をすれば群衆にからかわれ、ご婦人のエスコートすら満足にはできず、辺境警備でも、戸惑ってばかり。

騎士としても、貴公子としても、私は、まだまだ未熟な若造です」

ヘミオラは、弟の頬を掌で包み込んでやった。

「最初から、すべてがうまく出来る人間など、おらぬ」

 

「一つずつ、覚えていけば良いのだ。騎士としての心得も、貴公子としての作法も。私が、父上から教わって、覚えたように」

カノンは、驚いたように兄を、見つめた。カノンから見れば、兄は、何でもできる、魔法使いにしか見えない。

あの、洗練された貴公子としての所作も、一分の隙もない近衛隊長としての仕事ぶりも、知識も教養も、兄は、最初から身につけていたわけではないのか?

 

「兄さまみたいに、群衆から尊敬される騎士になって、ご婦人にもてはやされる貴公子になって、他の隊長からも褒められるような・・・」

「カノン」

弟の可愛い野心に、とうとうヘミオラは、吹き出した。カノンは、他人から賛美されることしか望んでいない。少々、厳しくしすぎたかもしれない。

他者から認められることによって、自分に自信を持てるようにならなければ、信念や謙虚さは、抱けない。今のカノンは、完全に自信を喪失し、自分を見失っている。

 

「辺境警備隊長は、そなたは、なかなかに優秀だと、褒めておられたぞ」

「本当に?」

「ああ」

「彼の地では、叱られてばかりでした。そんなことも、出来ぬのか。その程度のことも、知らぬのか、と、毎日、怒鳴れていました」

ヘミオラは、内心で苦笑した。弟を託した旧友は、正しく自分の意図を汲み取り、カノンを、心身共に、鍛え上げてくれたらしい。

 

「私には、まだまだ、学ばなければならないことが、山ほどあります」

「それを、そなたに教えるために、私がいるのではないか」

「兄さま・・・」

「父上から受けた教えを、私はそなたに、余さず伝えるつもりだ。ただし、」

そう言ってヘミオラは、カノンを、正面から見据えた。

「私は、厳しいぞ。覚悟しておけ」

「はい。兄さま」

殊勝な返事をしながら、カノンは、兄に縋りついた。言葉とは裏腹の、弟の甘えを、今日だけは、兄は、許した。 

  

 

 

泣き疲れたカノンが、腕の中で寝入ってから、ヘミオラはそっと、上着の胸ポケットに手を当てた。

先ほど、警備隊長から渡された、カノンからの手紙が、そこにある。

届かなかった、弟からの詫び状。これだけは、肌身離さず、生涯持っていようと、ヘミオラは、密かに決意した。 

 

 

 

 

 

 

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