騎士物語 9
王妃付きの女官長が、ヘミオラを訪ねてきた。
「近衛隊長どの。先ほど王妃さまは、お戻りになられました。つきましては、随行中の近衛兵の無礼を、お手ずから懲らしめる、とのことでごさいます」
「私の部下が、何をしたのでしょうか?」
「王妃さまを慕って、お馬車行列に歩み寄った民衆を、蹴散らしたのです」
ヘミオラは思わず、ため息をついた。
王妃を慕ってだと?そんな幻想を、いまだに見ているのか?
「随行した近衛兵を全員、奥御殿の裏庭に、ご連行ください」
「畏れながら、近衛隊の指揮権は、この私にあります。部下の処罰は、私がいたします」
「王妃さまの仰せです」
鬼の首でも取ったかのように、女官長は高飛車に、言いつけた。
王妃は、裏庭に近衛兵たちを四つん這いにさせ、背中を鞭打った。
女官長が差し出す鞭を選びながら、近衛兵たちの剥き出しの背中を弄び、苦痛にうめき声をあげるのを、楽しんだ。
カノンの前に立った王妃は、ことのほか冷たい微笑みを浮かべ、皮鞭を選ぶと、カノンの背中を打ち据えた。カノンが、ヘミオラの弟だと知っての、嫌がらせだ。
カノンは歯を食いしばって、王妃のお仕置きに耐えた。いくら打ち据えても、うめき声一つ漏らさないカノンに、王妃は
「兄弟そろって、かわいげのないこと」と、吐き捨てるように言った。
ヘミオラは、王妃が御殿に入ったあと、傍らの部下に
「傷の手当てをしてやれ」と命じ、その場を立ち去ろうとしたが、
「隊長」と口々に叫びながら、近衛兵たちが、駆け寄ってきた。
「我らは、暴徒どもの狼藉から、王妃さまをお守りしただけです。なにゆえ、このような屈辱的なお仕置きを、受けねばならないのですか?」
「王妃さまは、民を愛しておられる。そなたたちが、民衆を蹴散らしたことに、お怒りなのだ」
「王妃さまが民を愛しておられても、民衆はもはや、王妃さまを愛してはおりません」
「滅多なことを申すでない!」
ヘミオラは、部下たちを叱りつけた。温厚な隊長の、いつになく厳しい叱責に、若い近衛兵たちは怯んだ。
「近衛兵は、王宮の親衛隊だ。立場をわきまえよ」
部下たちは、いっせいにうなだれた。ヘミオラは、自分を取り囲んだ部下たちを見回しながら
「傷の手当てをしてもらえ。そして、今日はもう、上がって良い」と言った。
「それぞれ帰宅して、ゆっくり休め」
そう言って立ち去ろうとしたヘミオラは、自分から一番遠くに立っているカノンと、目が合った。弟は、穏やかに微笑んで、敬礼をした。
部屋に戻ったヘミオラは、文机を蹴り上げた。不当な処罰から、部下を守ってやれなかった。
怒りがこみ上げ、押さえきれず、剣を抜いてカーテンに斬りつけ、部屋中のものをめった切りにした。
王室の財政は、破綻寸前だ。元凶は、王妃の贅沢にある。
宮廷服、宝石、贅を尽くした園遊会・舞踏会・晩餐会等々のお遊び会の主催、お気に入りの取り巻きだけしか、出入りできない離宮の建設、極めつけは、負け放しの賭博だった。
一夜のうちに、一ヶ月分の宮廷費が、王妃のとりまき連中の懐に流れ込む、などということはざらだった。今日の随行も、賭博場へのお出かけだった。
国民の血税を使っての贅沢三昧に、王室は破産寸前で、それを贖うための重税につぐ重税に、民衆は王妃への憎悪を募らせている。
加えて、ここ数年、国中で続いている飢饉が国情を不安定にしている。今日も、大蔵大臣は高等法院へ、あらたな課税法案を提出した。
それを知った国民が、王妃に直訴すべく、馬車を取り囲もうとしたのだろう。近衛兵は、それを阻止したのだ。
王妃さまはいったい、いつになったら、眼を覚ましてくださるのか?ヘミオラは、深いため息をついた。
国王は、成婚当初こそ、王妃の我が儘を窘めていたが、王妃が、お気に入りの取り巻きだけを連れて、離宮に籠もるようになってからは、もはや放任状態だ。
最初から、うまくいく夫婦ではなかった。
内気で地味で、読書と狩が趣味の国王と、社交的でダンスとおしゃべりが何より好きな、華やかで美しい王妃。
ヘミオラ・カノン兄弟は、かつては王妃のお気に入りだった。
趣味も価値観も違い、お世辞にも美男子とはいいがたい国王と、堅苦しい儀式づくめの宮中のしきたりに、うんざりしていた王妃にとって、王家の血筋を引く美貌の貴公子兄弟は、まぶしく映った。
しかし、お気に入りの近衛隊長は、自分になびくどころか、事あるごとに自分を諫め、戒め、耳に痛い進言を繰り返す。王妃は次第に、ヘミオラを疎ましく思い始めた。
ならば弟をと思ったが、この弟は、兄をこの世の誰よりも尊敬している。可愛さ余って憎さ百倍。今や王妃にとって、コンツェルティーノ公爵家の兄弟は、もっとも目障りな存在だ。
その日の夜、ヘミオラは、王弟殿下の私室へ呼ばれた。殿下は、未だかつて見たこともないほど、思い詰めた表情だった。
「ヘミオラ」
「はっ」
「最近の我が国の状況を、どう思う?」
「・・・」
「文武両道に秀でた、そなたのことだ。啓蒙思想ぐらい、とっくに知っておろう」
「・・・殿下」
「このままでは、人心は王室から、離れていく。何もかも、あの女狐のせいだ」
「殿下!」
語気鋭く、ヘミオラは遮った。隣室に控えている小姓にでも聞かれたら、ただでは済まない。
殿下は窓辺に歩み寄り、ヘミオラを手招いた。
「陛下を、廃し奉る」
小声で囁いた殿下に、ヘミオラは思わず、その腕を掴んだ。
「それはなりませぬ」
「熟慮の末の決断だ。妃の我が儘も抑えられぬ兄上に、もはや国王は、務まらぬ」
「それは、クーデターです。殿下は、逆賊に祭りあげられます」
「ならばそなたは、このままで良いと申すか?あの王妃が、いったい今まで何人の兄上の忠臣を、失脚へ追い込んで来たことか。
先日も王妃は、賭博をやめるよう進言した大蔵大臣の首を、すげ替えた。ヘミオラ。そなたの罷免も、王妃は何度も、兄上に願い出ているのだぞ」
「存じております」
「このままでは、王家は滅びる。700年続いた、我が王朝が・・・」
王弟殿下は、国王の末弟でしかも、妾腹の王子だった。国王とは、15歳も年が離れている。王族の中では末席の王子で、王宮内ではかなり、冷遇されている。
それだけに、王家の驕りと虚飾が、正しく見えるのだろう。その思いは、ヘミオラとて同じだった。
コンツェルティーノ公爵家の家訓は「愚かな追従者たるより、賢明な忠臣たれ」だった。亡き父は常々、
「必要とあらば、命に替えても、王族のご乱行をお諫め申せ。それが出来るのは、あまたの廷臣たちの中でも、臣下に降った旧王族だけだ」と言っていた。
王妃は、代々の家訓を忠実に守り、耳に痛い進言を繰り返す近衛隊長を疎んじて、何度も国王に、ヘミオラの解任を頼んだが、王妃の言いなりの国王が、それだけは頑として許さなかった。
ヘミオラの言葉は、王妃には、届かない。
ヘミオラは跪き、臣下の礼をとりながら、殿下を見上げ
「世の趨勢には、誰も逆らえませぬ」と言った。
「もし天が、王家の存続をお望みなら、そのように配されましょう」
「私が、天のご意志に逆らうと、言ったら?」
「そのときはこのヘミオラ、命に替えても、殿下をおとどめ申し上げます」
殿下は、ふっと微笑んだ。
「良き忠臣をもって、私は幸せ者だ」
「ヘミオラ」
「はっ」
「もし、人民が起つようなことがあったら、そのときは、カノンを連れて亡命せよ」
「なんとおっしゃいます?」
「そなたたち兄弟も、さかのぼれば、我が王家の血を引いている。二人で亡命し、生きながらえ、王家の血筋を残してくれ」
「いかに殿下のご命令でも、それはできませぬ」
「ヘミオラ!」
「軍を指揮し、王家をお守りするが、わがコンツェルティーノ公爵家の使命。私とカノンは、最後まで、王家と運命を共にいたします」
跪いていたヘミオラは、立ち上がった。
「祖国を追われ、旧世界の形骸となってまで、生き延びたいとは思いませぬ。私もカノンも、生まれながらの貴族です。貴族は、貴族以外には、なれませぬ」
「この頑固者」
屋敷に戻ったヘミオラは、義母の部屋に、挨拶に行った。
「お顔の色がお悪いわ」
「ご心配なく。ここのところ忙しくて、少し疲れが、たまっているだけです」
「カノンも、心配していましたよ」
「カノンが?」
「兄さまは最近、深くお悩みのご様子だと」
「生意気な口をきくようになったものだ」
ヘミオラはそう言って、ほくそ笑み
「母上、本当に大丈夫ですから。ご心配なく」と言って、義母の手をとり
「おやすみなさい」とキスをした。
部屋に戻ったヘミオラは、軍服の上着を脱ぎ捨て、深いため息をついた。ブランデーに手が伸びる。最近、酒量が上がった。
良くないことだと思いながらも、酒でも煽らなければ眠れない。
グラスを手に、テラスへ出た。心地よい夜風に身を委ね、ふと気配を感じて視線を巡らせると、隣のテラスに、カノンが立っていた。
「声ぐらいかけろ。驚くではないか」
「兄さま」
「そなたも、眠れぬのか?」
カノンは、それには応えず
「そっちへ行ってもいい?」と問いかけた。
「ああ」
部屋に戻って、廊下づたいに来るものとばかり思っていたヘミオラは、不意をつかれた。やんちゃな弟は、こともあろうに、テラスを飛び越えたのだ。
「なんということをするのだ?この馬鹿者。落ちたらどうするのだ?」
「行ってもいいっておっしゃったのは、兄さまです」
「私は、部屋に来ても良いと言ったのであって、テラスを飛び越えろとは言っておらぬ」
相変わらず無茶ばかりする弟に、ヘミオラは思わず、吹き出した。カノンの無邪気さは、疲れを癒してくれる。昔からずっと変わらない、ヘミオラの唯一の、疲労回復剤。
王妃に疎まれるようになって以来、心労の絶えない近衛隊長の激務に、ヘミオラが何とか耐えられるのは、弟の無邪気な笑顔のお陰だ。
「まだ痛むか?」「まだ怒ってる?」
兄弟は同時に尋ね、顔を見合わせて、笑った。
「カノン」
「はい」
「久々に、クラヴサンを弾いてくれぬか?」
「何を弾く?」
クラヴサンの前に座ったカノンは、ヴァイオリンを構えた兄に、尋ねた。
「宮廷楽長どのの、最新作は?」
「あんなもの、イヤです」
カノンは、ぷいと顔を背けた。
「王妃さまはことのほか、お気に召したご様子だったぞ」
「兄さまはあんな曲が、お好きなのですか?」
ヘミオラは、にやりと笑った。
「あれは、駄作だ」
兄の同意を得て、カノンは嬉しそうに、にっこり笑った。そして
「ならば、これは?」と、前奏を奏でた。
「そなたの書く曲は、弾きにくい」と、王妃に文句を言われ
「畏れながら、クラヴサンの演奏には、練習が必要でございます」と応えたばかりに、王妃の機嫌を損ねてクビになった、前任楽長の作品だった。
ヘミオラは、黙って頷いた。怠け者の王妃にとっては弾きにくい難曲も、名手兄弟の手にかかれば、作品は本来の姿を見せ、生き生きと鳴り響く。
この作品が、不朽の名作として、200年後まで演奏され続けることになろうとは、さすがの兄弟も、知るよしもない。
いずれにせよ、久々の兄弟共演は、ヘミオラの心を癒し、カノンに、鞭打たれた背中の痛みを、忘れさせた。
ヘミオラの部屋に戻って、兄弟は、酒を酌み交わした。
「兄さま」
カノンは、真剣な眼差しで、兄を見つめた。
「新たな課税を、高等法院は、認めますまい」
「ああ」
「今日、お馬車に駆け寄った民衆の顔つきは、殺気だっていました。王妃さまをお守りするには、蹴散らすしかなかったのです。 先ほど、同僚が申し上げたことは、事実です。
以前は、一目、王妃さまのお姿を拝したくて詰めかける民衆を、下がらせるのが大変でしたが、今は、王妃さまのお馬車を狙って押し寄せる暴徒どもを、近寄らせないように、近衛兵は、神経を尖らせています。
未だに、民衆に愛されていると信じ込んでおられる王妃さまが、本当の民意をお知りになられたら、どれほどお悲しみになるか、我らはそれを、ご案じ申し上げているのです」
「カノン」
「はい」
「もはや民衆は、王制を必要とはしておらぬ。ローマ帝国の昔から、民衆は為政者に、パンとサーカスを求める。そして、それを提供できなくなった王者は、王位を追われる」
「兄さまは私に、権利を享受する者は、それにふさわしい義務と責任を果たさねばならないと、お教えになられました。
畏れながら、今の国王ご夫妻が、王権に値するだけの義務をお果たしだとは、思えません」
民衆は、愚かではない。王権は、神から授けられたものなどではないということに、とっくに気づいている。
ヘミオラは、いつの間にか、対等な議論が出来るようになり、自分の最大の理解者に成長した弟を、まぶしそうに見つめ、そして、決断した。
殿下には、兄弟そろって王家に殉じると言ったが、最愛の弟と生涯の想い人にだけは、生き延びて欲しい。
「もしものときは、母上とともに、亡命せよ」
「いやです」
「我が儘を申すな。我ら二人ともが死んだら、家が途絶えてしまう」
「血筋は途絶えても、誇りは残ります。最後まで王家を守った、名門貴族としての名は、残ります。亡き父上も、それをお望みのはずです」
兄はとうとう、苦笑を漏らした。兄に叱られるたびに、お仕置きの厳しさを恨んでいた弟が、あれほど屈辱的なお仕置きをした王妃を、最後まで守ると言うのか。
「いつの間に、そんな生意気な口を、きくようになったのだ」
「私はもう、子供ではありません」
「ああ」
21歳のカノンは今や、近衛隊の中で一番重要な、国王夫妻の警備小隊に配属され、小隊長の副官に、昇進している。
守り、育て、庇うべき存在だった弟は、全幅の信頼を寄せられる、懐刀となった。
「カノン」
「はい」
「ならばこの兄の、最初で最後の我が儘を、聞いてくれるか?」
「はい」
「最後まで、私のそばにいてくれ」
「離れろと言われても、離れません」
「共に死んでくれ」
「もとより、その覚悟です」
「そなたがいないと、私は、寂しくてたまらない」
「それは、私も同じです。兄さまも、よくご存じのはず」
自分たちはおそらく、時代の転換点に生きているのだろうと、ヘミオラは思う。
絶対君主を頂点とした、一部の特権階級だけが国を治める時代から、全ての国民が、主権を有する共和制へと。
その思想そのものには、共感できるが、自分はそんな時代が来たら、適応できないだろう。
だが、カノンは違う。年若い弟は、新しい時代になんなく順応し、生きていくだろう。
貴族の身分を捨て、お転婆で気だての良い娘と恋をして、腕白だが利発で勇敢で逞しい、カノンにそっくりの子に恵まれ、公爵家の歴史に、新たな1ページを刻んでくれるに違いない。
弟だけは、生かさねばならぬ。家系の存続は、何を置いても果たさねばならない、当主の義務だ。
前途ある若者を道連れにし、義母から最愛の息子を奪うことなど、許されないという思いと、弟と離ればなれになる寂しさと苦しさに、果たして耐えられるだろうかという思いの狭間で、ヘミオラはずっと、悩み続けていた。
ヘミオラは、カノンが生まれて、兄弟ができたときの喜びを、今でも鮮明に覚えている。心を許せる唯一の相手を失い、気が狂いそうなほどの孤独の中で、最後まで名門貴族としての誇りを保ち、毅然として闘い、従容として死につくことが、出来るのか?何度、自問自答を繰り返しても、応えは「否」だった。
自分が今まで、強くあれたのは、カノンがいてくれたからだ。自分を信じ、慕い、必要としてくれる最愛の弟のためなら、どんな苦難にでも耐えられた。
自分のためだけの人生には、限界がある。
だが、必要としてくれる相手のためならば、人は、どこまでも強くなれる。カノンを失えば、自分は生ける屍となる。
「父上。心弱く、愚かな息子を、お許し下さい。・・・一人では耐えられない。寂しくて、空しくて、気が狂う・・・」
カノンは、初めて兄が、自分を頼り、縋ってくれたことが、嬉しかった。兄には、守られてばかりだった。
強くて凛々しくて、はるか彼方の偉大な存在だった兄が、初めて見せた弱さ。
弟の心に、迷いはなかった。
「父上。最後まで甘ったれで、愚かな息子をお許しください。兄さまと離れては、生きていけない。我ら兄弟は、鳥ならば両翼。馬車ならば両輪。
どちらが欠けても、進むことはかなわない。奈落の底へさえ、手に手を取って参ります」
「ひどい兄だ、私は」
そう呟いたヘミオラに、カノンは
「いいえ」と、きっぱり否定した。
「兄さまは私にとって、憧れの騎士であり、理想の貴公子です」
「そのわりには、随分と憎まれ口を叩いてくれたものではないか。兄さまなんて大嫌いと、何度そなたに、言われたことか」
「それは、兄さまのお仕置きが、厳しすぎたから・・・」
「ずっと、兄さまの背中だけを、追いかけてきました。兄さまのようになりたい、おそばにいたいと、それだけを願ってきました」
「そなたは、もうとっくに、私を追い越している」
「いいえ」
カノンは頭を振って、グラスの酒を口に含み
「貴方は、偉大すぎる」と言った。
初めて弟から「貴方」と呼ばれたヘミオラは、少しだけ、兄の威厳を示したくなり
「やっとわかったのか」と、わざと尊大に言った。
「兄さまは、私の誇りです」
「そなたは、私の掌中の玉だ」
兄弟はそう言い合って、互いに、照れたように微笑んだ。
「200年続いたコンツェルティーノ家を、私の代で潰すのか。あの世で父上に、さぞかし厳しいお仕置きを、されるであろうな」
ヘミオラはそう言いながら、ベッドに寝そべった。カノンは、その傍らに横たわり
「私も一緒に、罰を受けます」と言った。
「兄さまと違って、私は、父上のお仕置きには、慣れっこだから」
そう言って、いたずらっぽく笑った弟に、ヘミオラは
「私も同じだ」と白状した。
「まさか」
カノンは驚いて、兄を見つめた。兄が父に、お仕置きをされているところなど、見たこともない。
「そなたが生まれるまでは、私もよく、父上に叱られた。そなたほどではないにせよ、私もかなりの、腕白だったからな。そなたが生まれて、兄らしくせねばと、己を律するようになった」
「私にも、弟か妹がいたら、兄さまのようになれたのかな?」
「さあ」
ヘミオラはそう言って、微笑んだ。
父のお仕置きを受けなくなった、本当の理由。カノンの母に、恋していた。憧れの貴婦人の前で、父にお尻をぶたれることだけは、耐えられなかった。
しかしそれだけは、口が裂けても言えない。生涯、この胸に閉まって、逝く。父の元へ。最愛の弟と共に。命と引き替えに、一門の名誉と誇りを守り、王家に殉じる。
そろいも揃って、頑固で不器用な息子たちを、父は叱るだろうか?それとも、良くやったと、褒めてくれるだろうか?
「兄さま」
「なんだ?」
「今夜、ここで寝ていい?」
「そなた、幾つになったのだ?」
兄は答えの変わりに、弟を抱き寄せた。