〜序章〜
「お赦しください。もう二度といたしません。どうか・・・許して・・・」
カノンはそう言うなり、気を失った。
「傷の手当てをしてやれ」
ヘミオラは、鞭を投げ捨て、傍らの副官に命じた。
手当が終わると、ヘミオラは部下を下がらせ、カノンを懲罰台からおろし、ベッドに運んだ。
俯せに寝かせ、その傍らに腰を下ろして、そっと髪をなでてやる。
13歳年下の腹違いの弟にして、近衛隊の部下であるカノン。
ヘミオラとカノンは、代々王宮武官を務めてきた由緒正しい公爵家に生まれ、ヘミオラは近衛隊隊長、カノンは近衛兵だった。
「兄さま」
眼を覚ましたカノンは、ヘミオラを呼んだ。二人きりになるとカノンは、優秀な部下からやんちゃで甘ったれの弟に戻る。
「背中が痛い」
「私の命令に背いた罰だ」
冷たく突き放されて、カノンは恨めしそうに兄を見つめた。
「単独行動は許さないと、常々命じてあるはず。命令に背いた者には罰を与える。弟だとて、例外ではない」
勇敢で血気盛んなカノンは、時折、無茶をする。
先ほども持ち場を離れて、一人で賊と斬り合った。
隊長であるヘミオラは、軍規を乱す勝手な振る舞いを厳しく叱り、背中を鞭打つ罰を与えた。
20打ほど打ち据えて
「詫びよ」と命じたが、頑固な弟は、固く口を閉ざしたまま、逆に兄を睨みつけた。
「詫びるまで、許さぬぞ」
カノンは、背中が血まみれになるまで鞭打たれ、ついに音を上げた。
「しばらくは動けまい。傷が治るまで、ここでおとなしく寝ていろ」
5日後の夕刻、執務を終えてヘミオラが宮殿内にあてがわれた私室に戻ると、ベッドはもぬけの殻だった。
「カノン!」
開け放たれた窓からテラスに飛び出した。弟は、テラスに出て、剣の稽古をしていた。
「お帰りなさい。兄さま」
「おとなしく寝ていろと言っただろうが、このバカ者」
「傷はもう、治りました」
「まだ、治ってなどおらぬ」
案の定、掴んだ彼の腕が熱かった。
「ほら見ろ、無理をするから、熱が出ている」
ヘミオラは、有無を言わさず、カノンを掬い上げるように抱き上げた。
そのまま部屋に入り、ベッドに腰掛けると、彼を膝の上に俯せにして、ズボンをおろして、お尻を剥き出しにした。
「兄さま!!」
自分の運命を悟ったカノンは、
「イヤです、そんな子供みたいなお仕置き」と叫んで、じたばたと暴れた。
ヘミオラは、聞き分けのない弟をしっかりと抱きかかえ
「背中にはもう打つところがないのだから仕方あるまい。子供のようなおいたをするから、子供みたいなお仕置きをされるのだ。じっとしていろ」
と言い、弟の剥き出しのお尻に平手を振り下ろした。
「イヤだ、放せ。痛い、痛いよ」
悪態をついていたカノンは、やがて泣き出し、お尻が真っ赤に腫れ上がる頃に
「ごめんなさい」と、ようやく素直になった。
「もうしない。兄さま、許して」
ヘミオラはやっと手を止めてやり、腫れ上がった尻に薬を塗って、ズボンと下着を剥ぎ取った。
「私が良いと言うまで、そのままでいろ」
「そんな」
「いくらそなたが、きかん気のやんちゃでも、よもやその格好で、部屋から抜け出せまい」
カノンは、ふくれっ面をしてベッドに潜り込んだ。
さすがの腕白も、お尻を剥き出しにされていては恥ずかしくて、部屋からどころか、ベッドからも出られない。
15歳のカノンは、生意気盛り。近衛兵になって、そろそろ1年になる。
任務にも慣れ、それなりの実績も上げ、自分ではいっぱしの大人のつもりなのに、兄はいつも子供扱いする。
7歳で父を亡くしたカノンにとって、ヘミオラは上官であると同時に、親代わりでもある。ヘミオラは、兄としてカノンを罰するときは、必ずお尻をぶつ。
子供みたいなお仕置きをされることに腹が立つが、それでもカノンは、兄が大好きだった。
13歳年上の兄は、カノンの憧れの騎士であり、理想の貴公子だ。
翌日の夕方、部屋に戻ってきたヘミオラは、ベッドの端に腰を下ろし、布団の中に潜り込んでいる弟に
「良い子にしていたか?」と尋ねた。
子供扱いされて悔しいが、兄に頭が上がらないのも事実だ。
カノンは返事もせずに、さらに布団に潜りこむことで、せめてもの反抗を試みる。
だが、兄のほうが役者が何枚も上手だ。
「いかがした?口もきけぬほど、苦しいのか?また熱が出たのか?」
心配そうに尋ねる兄の口調にカノンが怯んだ一瞬の隙をついて、ヘミオラは布団を剥ぎ取り、弟を膝の上に俯せに抱き寄せた。
「放せ。卑怯者」
「騎士は、いかなるときも油断せぬもの。そなたは、まだまだ甘いな」
ズボンと下着を剥ぎ取られているカノンは、お尻を剥き出しにしたまま、兄の膝に乗せられ、羞恥と屈辱に身もだえしながら
「放せ。兄さまの意地悪」と精一杯の悪態をつく。
ヘミオラは、平手で左右のお尻を交互にぶちながら
「痛い。兄さま、痛いよ」
「それから、意地っ張りな性格も改めたほうが良いな。素直に罪を認めて謝っていれば、背中が血まみれになるまで、鞭で打たれなくても済んだものを」
それができれば、誰も苦労はしない。カノンは、とうとう泣き出した。
「兄さま。痛い、痛いよ」
「誰が悪いのだ?」
「・・・カ・・ノン・・」
弟は、しゃくり上げながら自ら名乗った。
「悪いことをしたときは、何と言うのだ?」
「・・・」
嗚咽がこみ上げて言葉が出ない。ヘミオラは、幾分、力を緩めてやりながらも、弟のお尻をぶち続けた。
「・・ご・・めん・・なさい」
兄はようやく、手を止めてくれた。そしてお尻に、薬を塗ってくれた。
カノンは、ヘミオラの膝に俯せにされたまま、泣きじゃくった。
薬を塗った後、兄は優しくお尻をさすってくれている。その温かい手が心地よくて、眠気を誘う。
「兄さま」
「なんだ?」
「眠い」
「だったら、眠るがよい」
「お尻出したままなんて、恥ずかしい」
ヘミオラは苦笑しながらカノンを膝からおろし、ベッドに横たえ毛布をかけてやった。
カノンは、まどろみに絡め取られそうになりながらも、必死で腕を伸ばし
「まだ、怒ってる?」と尋ねた。
ヘミオラは、その手を取ってやりながら
「明日から任務に戻れ」と告げた。
「お許し頂けるのですか?」
そう言ってカノンは起き上がり、背中と尻の痛みに思わず悲鳴を上げた。いっぺんに睡魔が吹き飛んだ。
「こら、無茶をするな」
ヘミオラは弟を制しながら
「たかが鞭打ちの罰の傷ぐらいでいつまでも寝ていられるほど、近衛隊は甘くはない」と言った。
カノンは、嬉しそうに笑った。
「明日からは、存分に働いてもらうぞ」
「はい。隊長」
やんちゃで甘ったれの弟が、頼もしい部下に戻った瞬間だった。