【ちぁーずへようこそ〜☆☆☆  4】

 

梅雨を乗り越え、そろそろ本格的に暑くなってきた。

そんなある日曜日、あにまる喫茶ちぁーずではイベントが行われていた。

名づけて
「奸奸、はっぴーばーすでぃ〜♪チャイナ服祭り!!」

普段は動物のコスプレをしているスタッフだが、今回はパンダの奸奸の誕生日を記念してチャイナ服を着ている。
(動物の耳はそのままだが)
なぜ、チャイナか。
パンダ…中国だから(笑)
ベタだが、お客も喜ぶ萌え服であることにはまちがいない。

 

「お誕生日なの?おめでとう」

「ご主人様、ありがとうございますvv」

ふらりと来た客も、イベントに気づき声をかけてくれる。
本日の主役である奸奸は、白色の地に黒と緑と銀の糸で模様が複雑に織り込まれた豪華なチャイナ服を着ている。
長い髪はお団子を左右に作ってまとめ、ロングチャイナのその姿は少し大人っぽい。
普段は、愛らしいパンダの姿なため、そのギャップがまた素敵と大好評だ。

「はい、奸奸、プレゼント」

「わぁ、嬉しい!」

常連客で、中でも奸奸ファンの男性は、前々から用意していたプレゼントを渡してくれたりもする。


「ふふ。良かったわね」

「奸ちゃん、嬉しそうなのだ♪」

他の8人のスタッフも、そんな風景を微笑ましく眺めている。
なんたって、誕生日だもの!
もちろん店が終わったら、内輪での誕生日パーティをやるつもりだ。
スタッフ全員、家族や友達のように仲が良い。


ちなみに、チャイナ服は
狼の更叉は銀の地に白の糸で、すっきりと。
やはりロングだ。

虎の睡蓮は、迷った挙句に金の地に黒の糸で虎をイメージしたものとなった。
本人は男物を着たがったのだが、周りが「たまには女らしくしなさい!」とさんざせっついたからである。

豹のバルドウは超ミニで、臙脂色の地に金糸を混ぜたアダルトな雰囲気。

アライグマのるーたはピンクの地で可愛らしく…ミニ。

うさぎのメロンはクリームイエローでるーたとは別な可愛らしさを醸し出している。

猫のさぁらは淡いブルー。
どうしても…と言うので落ち着いた感じの7分丈になった。

ひよこのぴょちゃんと犬のじょんは、双子みたいに黄色のカンフー服を着ている。
元気なイメージで、なおかつ動きやすいのでいつも通りの接待が出来るというわけだ。


というわけで、ちぁーずはいつにも増して大盛況。
普段は入れ代わり入れ代わりほどほどに入ってるのだが、今回は列が並ぶほど。
目の廻るような忙しさだ。

「もう少々お待ちくださいぴょんvv」

「お気をつけていってらっしゃいませ〜」

対応に追われていた夕方。

その時に事件は起こった。

 

「きゃぁ!!」

びっくりしたような奸奸の声が響き渡る。

「!?」

「あ…失礼しました…」

一瞬ざわめきが止まったが、なんでもないように謝る彼女にまた店はがやがやとした雰囲気に戻っていく。
誰も気にしていない。

だが、これだけではなかった。

ガッシャーン!!

その直後、ケーキの皿を落とす彼女がいた。

「ぁゃ…可哀想に…お誕生日なのにペナルティだよ(汗)」

近くにいたるーたが「恐怖ボード」に、失敗の内容を書いていく。
恐怖ボードについては、ちぁーずシリーズの1をご覧ください。
ま、要するに粗相をすると後でお仕置き…お尻ぺんぺんが待ってるのだ。
それを知ってるスタッフは、充分に気をつけている。
人間だから失敗することもあるのだが。

「珍しいわね…奸奸」

「ロングチャイナだから足元でも狂ったか?」

通りざまに更叉と睡蓮が囁いた。

そういうこともあるかもしれない。
主役だから緊張してるのかもしれない。
慣れない衣装だから…混雑しているから…


しかし、奸奸の顔は青ざめている。

「失礼しますにゃん。お掃除いたしますね」

さぁらが、いそいそと掃除道具を持って近づく。

「あーぁ!!どーしてくれんだよ!」

大声が響いた。

ビク!

周りもビックリして見つめる。
ケーキが落っこちた場所の隣は、男女の客。
がなり声をだしたのは男の客だ。
サングラスをかけた女性は黙ってそれを見つめている。

面倒なことになった…
とスタッフ全員が思った。
時たま、怒りやすい客はいるから。

「…もうしわけございません。すぐ掃除をして代わりのケーキをお持ちしますね」

表情が翳っている奸奸が、やっとそれだけを言った。

「あー、とろいなぁ。早くしろよなぁ!!」

またもや柄悪く言う。

それまで和気藹々と、なごやかな雰囲気だった店内の空気が一変した。

だがとりあえず、その客らは奸奸やさぁらに任せるしかない。
他の客もおろそかにはできないのだから。
残りのスタッフは手早く、客に接待していく。
異常な雰囲気になったためか、ティータイムを終え雑談していた客らはそそくさと帰っていく。

「またいらしてくださいませ、ご主人様」

「ありがとうございました!」


なんとかいつも通りに接客をしていたが、ちぁーず全員気もそぞろである。

「申し訳ありません。お待たせいたしました」

奸奸が再び、ケーキを持ってやってきた。

「おっせーな。ったく」

乱暴にひっつかんで、男性客は女性のほうにケーキをよこす。

「失礼します」

奸奸が逃げるように離れた、瞬間。

「なぁに〜、ゴミがはいってるじゃないの!?」

女性は、ケーキの中から糸くずのようなゴミを取り出した。

「え…そんなハズは…」

「だってここにあるじゃない」

意地悪く微笑む顔。
奸奸はもう泣きそうだ。


ぱしゃっ

「失礼」

女性の膝に水がかけられた。
バルドゥだ。
スカートはミニのため害はなかったが、ストッキングが濡れてしまう。


「もう!最低な店ね!!」

「大変申し訳ございません…お着替えを用意して、即刻お詫びも…どうぞこちらへお越しください…」

いっそ慇懃無礼なほどに、落ち着いた態度で店の奥へ誘う。
しぶしぶ、女性が立ち上がりそれに伴い男性も一緒にスタッフルームへ向かう。
それから奸奸とバルドゥ、睡蓮が消えていった店内は少しの静けさ。

「さぁ、ご主人様方…大変お見苦しいものをお見せしてしまいました。これは店からのサービスですわ」

更叉が店にいた客皆にケーキを持ってくると、少しずつ緊張がほぐれていく。
常連客の中には気遣う人もいて、そんな心が嬉しく、しょんぼりしていたスタッフも笑顔が戻る。
やっといつもの雰囲気になったちぁーずの店内はもう大丈夫そうだ。

 

さて。スタッフルームの方は、そうはいかずぴりぴりした空気が流れている。

奸奸の目には涙が浮かび、対称的にふてぶてしい態度の男女の客。
慇懃無礼な態度を崩さないバルドゥと睡蓮だったが、まずバルドゥが口を開いた。

「お客様。私はちゃんと見ましたよ。お客様自身がゴミを入れるのを。」

「何言ってんのよ!証拠はあるの!?」

「ありませんが、そのようなことをなさるお客様は信用できません。」

「あぁ?ナメた真似すっと、ただじゃおかないぞ、コルァ!!」

「黙りな。お前には話してねーよ」

もはや、うやうやしい態度をかなぐり捨てた睡蓮が男側の口を押さえる。

「…!が!」

男並みの身長、力自慢の睡蓮なので男性は動けなくなった。
じたばたともがいてるのを、更なる力で抑え込んで(痛さのあまり男の顔は苦痛に歪んだが…)睡蓮がバルドゥに言った。

「続けな、バル」


「奸奸は?何か言いたいことあるんじゃないの?」

俯いてためらっていた、奸奸は小さく言った。

「…り触った」

「何?」

「お尻触った!」

緊張に強張った顔が歪み、ぽろぽろ涙が出てくる。

「足ひっかけて、つまずかせた…ケーキ…の時…」


そのまま泣く彼女に、バルドゥが優しく言った。

「わかった。後は任せて。裏出口から出て更叉の家でちょっと休んできなさい」

こくり。

頷いて、奸奸は出て行く。
(更紗の家はちぁーずの2階である)
が、やはり気になって、裏出口の扉にもたれかかって涙をぬぐいながら様子を窺うことにした。


「なんでこんなことをした?」

怒気を露わにしながら睡蓮が詰め寄り、バルドゥも険しい表情を見せる。

「証拠がないわ、証拠が。あの人がウソ言ったかもしれないじゃない。」

「貴女と奸奸、信用がおけるのはどちらかか。私たちはあのコを信じてるわ」

「私は客よ!?」

「客なら客らしくしろよな!」

「これは営業妨害です。警察に連絡します」

がっ

その時もがいていた男の手が女性のサングラスに当たり落っこちた。

意外にも、その素顔はあどけない。
睨み付けている瞳も。

おどろいた隙に睡蓮の手が緩み、男が抜け出す。

「サツだぁ?冗談じゃない!おい、逃げるぞ!!」

「……」

「バッカ、掴まったらどうすんだよ!
 はぁ、もうお前のようなバカ女しらね!じゃーな、俺は関係ないから!!」


苛立たしげに、男は言うとそそくさと裏口から走り去っていった。

多分暴力が通じないことから、逃げることを選んだのだろう。
この発言で完璧に、これまでの行動が故意的であったことがばれてしまったようだ。

形勢逆転。強気な態度で臨んでいた女は、ふてくされたように「どっちがバカよ、大バカ野郎が!!」
と吐き捨てた。
それでも逃げ出さずに、きっとあくまで対抗しようとする態度に、バルドゥは疑問を抱いた。

「何故、奸奸を狙ったの?」

「うっさいわね!」

「じゃぁ、質問を変えるわ。貴女何歳?」

「は?言う訳ないじゃん。ばっかじゃねーの?」

「言えないほどの年なの?もしかして未成年?」

「ちげーよ!21だよ!」

勢いに任せて言ってしまったあとは、しまった、という顔をしたが、もはや開き直る。

「あの人がわりーんだ!!」

大人びた口調が、急に乱雑になる。

「あの人が私を裏切ったから…これは復讐なんだ!!」

…復讐!?

復讐とは穏やかではない。
この女性と、奸奸は何か関わりがあるのだろうか?


「うそ?なんで?」

裏で聞いてた奸奸が急いで出てくる。

2人はしばし見詰め合い…とゆーよりにらみ合った。

「あ!」

先に声をあげたのは奸奸の方。

「フン、やっと気づいたの?」

「貴女…もしかして後輩の…」

「忘れたなんて言わせないよ!!八重千鶴…あんたに裏切られたんだ!」

「違…誤解よ!!」


…バルドゥと睡蓮にはチンプンカンプンだ。

とにかくこの女性…と言ってもまだあどけなさが残る顔と、癇癪を起こしている幼い言動から少女とも呼んでしまいそうだが…
奸奸は知り合い、というわけだ。
それも複雑な関係の様子…

とりあえずは、黙って見守ることにしたが、そこからは話はこじれにこじれた。
奸奸が訳を話そうとすると、横から一方的に八重千鶴…彼女が噛み付くのでどうしても脱線してしまう。


「あーーーーーーー!!もう!!分かった。落ち着けよ!!」

「つまり、貴女…千鶴さんは奸奸に恋心を抱いて手紙を出して卒業式の日に呼び出したけど、奸奸はその場所には来なかった。
一大決心をした中学3年生の貴女は裏切られ…奸奸は高校を卒業してしまった。そのことが許せない、というわけね」

「でも奸奸は、手紙を読む暇がなく、気づいたときにはもう何時間も経っていた…というわけか」

「そんなんヒドイと思わない?私…女なら誰でもいいわけじゃなくて先輩だから…って思ったのに。
 何日も眠れなかった。
 出すのも迷って…やっと…やっと勇気を振り絞って下駄箱に入れといたのに。待ち合わせの場所で3時間待ったもの!!」

「それは、本当に悪いと思ったけど…私は貴女の気持ちに応えられないから…どっちにしろ傷つくと思って…」

「ハッキリ言えばよかったじゃない!!」


奸奸は困り果て、千鶴はきっと睨んでいる。
何年も前…6年前の出来事が今ここで蘇るとは、誰にも思わなかったに違いない。

何故今頃?

それはちぁーずのイベントで顔写真入りのイベントポスターが原因だった。
店の近くの電柱や馴染みの店に宣伝のために、何日も前からポスターを貼らせてもらっていた。
それを見た千鶴は、奸奸に気づいた。
仕舞ったはずの想いが溢れ出してとまらなくなり大学の知り合いを誘ってちぁーずへ乗り込んだのだという。

裏切られた復讐…とやらをするために…

「ハイハイ、そーだよね。それは傷ついたよね…」

睡蓮がとりなすと、

「アンタに何が分かる!!」

と切り返され、睡蓮も困ってしまった。

――アタシ、口下手なんだよな…


「…じゃぁ。もう貴女は奸奸のことが嫌いになったの?」

これはバルドゥ。
眼をまっすぐ見つめて静かに言った。

「うっ」

急に千鶴は、固まった。

「嫌いではないの?まだ好きなの?好きな人を心底困らせることが貴女の方法?」

「…」

「今日が何の日か知ってる?彼女の誕生日よ?
 好きな人の誕生日を台無しにして何も思わない?恨みに思った気持ちは分かったわ。
 だからって、この行動はやりすぎではないかしら?」

「…」

「行き違いがあったことは認める。でも、奸奸も悪気があるわけではなかった。これは覚えておいたほうがいいわ。
 それにちぁーず…お店自体には貴女は何にも関係ないの。
 それなのに、他のお客様にも迷惑かけたわ。それは良いこと?
 まだ、許せないなら、今ここで好きなだけ暴れなさい。
 叩いたって蹴ったって部屋のモノすべて壊したって構わないわ。私たちに当たっても構わない。今までのすべての恨みを発散させなさいよ!」

そう言われて素直に暴れられるはずもなく、千鶴は固まった。

「さぁ…」

「…!」

「いかないの?」

「なら、こっちからいくわよ!」

「バルドゥ!!」

慌てた睡蓮が叫ぶが間に合わない…!
振り上げた掌が、今にもほっぺたに振り下ろされる…と思って千鶴はもちろん奸奸もぎゅっと目をつぶったが、予想していた音はならなかった。

そっと目を開けると千鶴の顔をかばった腕をつかんで、バルドゥはその場に正座になった。
自然にバランスが崩れ、千鶴も「きゃっ」と倒れこんだ。
膝に腹ばいにさせて、倒れこんだ衝撃に若干顔をしかめつつそれでもバルドゥはすばやく、いきなり連打を千鶴のお尻にお見舞いした。

ぺん!

ぺん!

ぺん!

ぺん!!

「きゃぁ!!なに!?」

薄いミニスカートの生地のため、もろにパンティラインからお尻の形まではっきりと分かる。
左右のお尻に勢いよく叩きつけると、じたばたと千鶴は暴れた。
しかし、バルドゥは揺るがない。
暴れるたびにますます、力を増していくようだ。

――あーあー…

その様子を唖然として見ていた睡蓮だったが、ここにくると苦笑を感じてしまう。

千鶴がバルドゥに敵うはずはない。
日ごろからお仕置き慣れしているバルドゥ…実は年長組の中で一番勝気で激しいのだ。
臙脂の地に金糸を混ぜたチャイナ服…茶髪の長髪。
激しく掌を振り下ろして、鋭い音を出す彼女。
まるで炎のようだ…と思う。

サングラスをつけてミニスカを履いて大人びた印象だった千鶴が、今はじたばたもがいている様子は少女の様でもあり少し哀れでもある。

お仕置きをされるのはイヤだが、間近で見ているのもなんとなく居心地が悪くなってくる。

睡蓮には、バルドゥの気持ちが分かった。

…嫌なこと・理不尽なことが原因で「恨み」に思い「復讐」するということは、つまりは自分の気持ちを消化できない幼さがある。
…21歳と言っても、精神はまだ子どもなのだ。
やっていいこと、わるいことが区別できていない。
それを、バルドゥ流の「お仕置き」で思い知らせること。

それから、千鶴を思い切り泣かせるためだ。
吐き出せなかった気持ちを、今さらになって蘇った苦い思い出を、涙にのせて流したい。


そのためだろう。

というわけで、睡蓮は黙って見物することにした。
訳がわかっていない奸奸はおろおろしている。


「…ったい!ったぁい!!ヤメテーーーーー!!」

「どうして叩かれてるか分かる!?」

「!わかるわけ…!!」

「じゃぁ、いいわ。まだまだおわらないけどね!!」

バシーーー!!

ビシーーーー!!

「やぁ〜、やだやだ〜!!」


もはやどちらの根気比べのようになっている。
しかし、千鶴も強情だったが、ここで引くわけにはいかないと全身の力をこめているバルドゥには敵わない。

徐々に抵抗の力が弱まって、変わりに涙を堪えようとするような表情になる。

パァァァン!!

「やー…!!」

 

数十分後、

「も…もうやめてあげてください!!」

!?

意を決したように奸奸が、叫んだ。

「奸奸…どうして?」

「えと…もう私はいいんです…。お店に迷惑かけちゃったけど…私からも皆に謝りますし。
 このコだけじゃなく私だって悪かった…八重さんの気持ちから逃げてたもの!!」

「う…」

堪えきれなくなって、千鶴の顔がくしゃくしゃになった。
抑えられない涙があとからあとから出てくる。

「う…ぅ…うわぁぁぁぁぁん!!!」

痛みと奸奸の言葉がない交ぜになりながら、心におちていく。

 

なんでこんなにヤサシイの?
ニクミタイのにニクマセテくれない。
ナンデ私はここにイルの?

ずっと泣きたかった。

素直に…

 

「あーぁ、しょうがないな」

苦笑しながら、睡蓮が濡れタオルを作りにいった。
お尻を冷やすためのものと、涙でほてった顔を冷やすためのもの…2枚。

キッチン側で更叉と眼が合う。

「うるさかったか?」

「大丈夫。音楽を少し激しいものにしてボリュームあげておいたから。店のことは気にしないで。そちらは?」

「もうすぐだ」

ウィンクをして、睡蓮はスタッフルームに戻っていった。

「待ってるわ」

更叉も安心したように微笑み、業務に戻った。

 

…っく
…っ

睡蓮が戻ると先ほどまでの激しい雰囲気はなくなっていた。

無言で泣きじゃくっている千鶴は、まだお尻を出したままバルドゥの膝にいる。
体格に差がないバルドゥだが、重みを気にせず背中をとんとんと軽く叩いてなだめているようだ。
奸奸は、呆然としたようにバルドゥの隣で座り込んでいる。

ああいう修羅場は、出来ればお目にかかりたくない。

その様子にほっとして、静かになっている空気を壊さないように、睡蓮は千鶴のスカートをまくった。
下着も下ろす。
ピンク色になり、所々強い赤みがでているお尻にそっと濡れタオルを置いた。

びくっ

一瞬身震いが起こったが、それだけ。
睡蓮も近くの椅子を引っ張り出して、座って見守った。

 

大分経ったころ、ようやく千鶴が身を起こした。

「…」

なにか言いたそうなのだが、言葉がうまく出ないようだ。
先ほどのような、剣呑な光が消えて子どものような不安な表情をしている。

「…せ…んぱい?」

「なに?」

にこ。

微笑んで奸奸が見つめる。

ここが奸奸のすごいところだな…と年長2人は思った。
自分だったら。
相手への怒りで、笑うどころではないだろう。
更叉もそうだが、3人3様に見えて似ているところもある。

「鳴かぬなら殺してみしょうホトトギス」
…織田信長タイプだから(^^;)
3人とも右の頬を打たれたら、左右の頬を殴り返すぐらいの気性の持ち主である。


だが、奸奸は違うようだ。

もう、自分がされたことなど忘れて、後輩の心配をしている。
にこっと笑った顔は、タレ眼の目尻がさらに下がってパンダのキャラクターのような可愛さだ。

「ごめんね。私は八重さんの気持ちには応えられないよ。でも、大事な後輩だって思っているんだ。」

「…ハイ。」

「長いことそんな想いさせてごめんね。」

「…ハイ…。もう…いいです…」

激情をぶつけ、沢山の涙を流し、痛みに翻弄された今となっては、奸奸への想いも夢幻のよう…
あんなに手に入れたかったのに。
何故だか、蜃気楼のように消えていく。

多分、中学生という思春期の先輩への憧れが乙女心も入って、少しカタチが違ってしまったのだろう。
今、やっとその想いを乗り越えられた。

「でも、すごくいけないことしたのは分かる?私だけじゃないよ、皆に迷惑かけたんだよ?」

「…ハイ。」

「一緒にいた男の子は友達?」

「違う…。最近友達と一緒に飲んだ時に知り合ったけど…あんま知らない」

「かなり絡み方が手馴れてた。しかも女の子置いて逃げるなんてサイテーよ。もう付き合わないほうがいいと思う」

バルドゥが言うと、奸奸も頷いて「そうだよ?」と言った。

「もう…会いたくない。会わないと思う。」

「じゃ、いいわ。」

「はい、タオル。顔も冷やしな」

コクリ、とうなづくと、タオルに顔を押し当て千鶴は目をつぶった。


もういいや…
もう…

お尻のひりつくような痛みと熱くなるような思い。
それから少しの気まずさ。
まだ消えていなかったが、不思議ともう許されている安心感を抱けた。

 

***********

その夜。

閉店後のちぁーずでは、奸奸のバースデーパーティーが開かれた。

いつもはスタッフルームで行う夕食会だが、今日は店で。
広々とした部屋の真ん中に机をあつめてご馳走を並べ、垂れ幕も用意された。
これはぴょちゃんとじょんの手作りで、模造紙をきってポスカで文字を書き、ついでに皆が扮している動物を描いた。

「カワイ〜vv」

「だっはっは、照れるのだ!」

「やったね〜、じょん!」

奸奸に喜んでもらえて、2人は嬉しそうだ。

その脇に…千鶴もいた

内輪だけの会なのに、なぜ自分がいるのかわからないといった顔だが、奸奸が勧め、バルドゥ・睡蓮も当然のように受け入れたためこうなった。
おずおずと付いていったところ、他のスタッフも何も聞かなかった。
自然に受け入れられ、椅子まで用意してもらってここにいる。

表情は固まっていたが、皆気にしていない。

お決まりの誕生日の歌を歌い、ケーキにロウソクがともされ部屋の電気が消される。
暗くなった部屋に、ロウソクの小さい炎が燃えてなんとも言えない風情がある。
童心がくすぐられるような気持ちになる。
皆にこにこして、

「息吹きかけて!」

「いっぺんに吹き消すと願い事がかなうんだって!」

「奸奸早く早く!」

とけしかけた。

息を思い切り吸い込み、フーーー!と吹くと瞬時にロウソクの火は消された。

拍手が起きる。

電気がまたともされて、更叉は用意していたプレゼントを渡した。
拍手が沸き起こる。

「はい、おめでとうv皆からよ」

「わぁ!ありがとうございます!」

満面の笑みが奸奸と、皆にこぼれる。
千鶴もふと優しい気持ちになって笑うことが出来た。

そしてプレゼントを開けるので、皆がきゃぁきゃぁ騒いでいる隙に、そっと「ゴメンナサイ」とつぶやいてみた。

「もう終わったことよ」

「!」

誰も聞いていないと思ったのに耳元で囁かれて、千鶴は飛び上がった。

くしゃり

髪を撫でられて、「今夜は楽しんで」と言ってすぐ離れたのはバルドゥ。
あまりにもそれが鮮やかで、しばらくあっけにとられた。

「かっこ…イイ…v」

千鶴の目がハートになったのを、バルドゥは知らなかったw

 

気をやっと取り直すことができた千鶴は、少しずつ会話にも参加でき、会はますますの盛り上がりを見せている。

奸奸は嬉しそうにそれを見つめた。


――今日はなんて色んなことがあった日だろう。
    でも、無事に終わることができて良かった(^^)

私の願いはね…


皆、仲良く楽しく出来ますように、なんだよ♪

 

 

楽しいひと時はまだまだ終わらない。

さぁ、これからご馳走。


「奸奸のお誕生日と、ちぁーずの発展を願って…カンパーイ♪」

「今日もお疲れ様〜♪」

 

思い思いの飲み物を入れたグラスが、澄んだ音を立てた。

 

はやと

2007年07月29日(日)

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