きり丸
【やら、やり、やる、やる、やれ、やるときはやらねば!の段】
「ううっ…またか…」
頭を抱えながら、忍術学園――その名の通り忍術を教えている学校――の教師土井半助はため息をついた。
「はははっ、また逃げられましたかぁ。大変ですね〜、は組の担任は」
半助の後ろで声。
いやみ〜な中年おやぢ声は、振り向かなくてもわかる。
「ほ、ほっといてください!安藤先生!」
つい、むきになって言う。
秀才タイプが揃う、自称エリート→ い組 の担任教師と、
のほほん・追試・補習が日常となっている は組 担任教師は、馬が合わなかった。
というより、安藤が半助にいやみを言ったりからんでくることが多い。
「アホのは組と違って、我が優秀ない組は…(以下自慢が続く)」
が口癖なこの人は、半助をからかうのが楽しいらしい。
なので、必要以上に接近せず、つけいる口実をあたえないように苦心している半助にとって、悪魔の声とも言えるのだった。
しかし、今回ばかりは言われても仕方がないような気がする。
明日から楽しい夏休み。
しかし、学生の宿命として夏休みの宿題はある。
それを用意しているから職員室にとりに来い、と言ったのに、「誰一人」と来ないのだ。
多分、宿題と聞いただけで脳みそが拒否反応を起こしたのに違いない。
そして全員が同じ反応したため、罪悪感も何も感じていないのに違いない。
付き合いの長い担任として、一瞬で状況が把握できることが逆にカナシイ。
「私の生徒は全員もっていきましたよ?」
ことさら誇らしそうな安藤の横で、閑古鳥が鳴いている。
――くそぅ!!
あいつら!!!
覚えてろよ!!!!
というわけで、半助は決心した。
夏休みが終わったら、あいつらに地獄を見せてやる!
…だが…その前に一人だけでも…
******
「きり丸、ただいま」
「あ、おっかぇんなさい!メシ作りましたよ!」
「お、ありがとう…っておまえなぁ……。また雑炊、またイナゴが入ってるのか」
「今日はヤモリも入ってます!!」
「誇らしげに言うな……(^^;)」
1年は組、摂津のきり丸。
好きな言葉は、ゼニ・ただ・もらう・儲ける
好きなことは、金儲け・バイト
好きな動物はゼニガメ。
という、筋金入りのどケチ少年だ。
一つ結びの髪の毛を揺らし、はしっこそうな瞳をしている。
きり丸は戦災孤児だ。
(そのためにケチなのかもしれないが、既に金儲けが生きがいの様子)
戦で家族を失い、学園に入学してからは半助の家で同居をしている。
ほとんど学園で生活しているが、長期休みの時は一緒に長屋の一室で暮らしているのだ。
それ故に半助は教師としても、保護者としてもきり丸の世話をしながら、生活をしていた。
にこにこと笑うきり丸に、宿題を持って帰らなかったという背徳感は微塵も感じられない。
チョット脱力したが、気を取り直す。
「おいしそうだな」とか言ってる場合じゃない。
流されそうになった、半助は慌てて顔を引き締めた。
「きり丸!!」
「は、っはい!?」
「なんで、宿題を持って帰らなかった!?」
「あ。え…えっと…わ、忘れてました…」
すみません、てへvvと無邪気に微笑まれちゃ、怒るに怒れない…
ガクーーーーーーーーー
一気に今度こそ脱力したが、仕方ない。
「もう、いい。。。」
「えvいいんですか!?」
「違う!!持って帰らなかったことは怒らないでやるから、本来どおり宿題を夏休みが終わるまでにやれ!ってことだ!!」
「ちぇ、な〜んだ。。。乱太郎たちはどうするんですか?オレばっかりズルイっすよぉ…」
「ブツクサ言うな、乱太郎たちは、夏休みが終わったら必ず仕上げてもらう!」
「じゃぁ、その時一緒でいいじゃないスか」
「お前な…、その時にお前はやらなくていいんだぞ?バイトが出来るぞ?ちょうど残暑が厳しい時期だ。
氷菓子なんて売れるだろうなぁ…、室内で過ごすのもきついから、団扇も売れるかもな…」
「やる!オレ、今やりますよ!!」
はぁ…、どうしてこんなに単純なんだ…
思わず、またため息が出たが、やる気になったことはいいことだ。
「じゃあ、ちゃんとやれよ?登園の前日夜までだからな?」
「ぅあーい!」
その姿に半助も安心して、雑炊の箸をとった。
和気藹々とした、夏休み初日の夜である・・・
******
一緒に住んでるからって、いつも四六時中一緒にいるわけではない。
半助も仕事やご近所付き合い、忍びとしての鍛錬などやることは色々ある。
それに加えて、きり丸のいつものバイトの手伝い(子守・洗濯・犬の散歩・造花の内職など)もこなす。
きり丸もバイトの仕込み、バイト、遊びに忙しい。
気がつけば、あっという間に夏休みは過ぎていった。
同時に、宿題の期日もおとずれる。
あえて、半助はそれから宿題のことを言わなかった。
自分で気づいて、やることはやってほしいからだ。
******
明日に登園を控えたその日の夕飯も、楽しく過ぎていった。
食後の出がらし緑茶を飲みながら、何気なく半助は言った。
「じゃ、きり丸、宿題を出してもらおうか」
ピシッ
「?」
なにか聞こえたような気がした。
飲み終えてふーと一息を吐いてからきり丸を見ると、…石化していた。
「………」
悪い予感がする。
「あ…」
きり丸の口がぱくぱくしている。
それだけで、もう理解したが、なおも言うことにした。
「きり丸。出せ。」
おずおずと出された「宿題、忍たまの友どりる」を受け取り、中を開く。
――1〜3頁だけ、なにやら書こうとした痕がある。
しかし、言葉にはなっていなく、その他の頁は見事に白かった。。。
脱力のあまり目を閉じた半助だが、一瞬だけきり丸の表情を見る。
怒られるかな??という子犬のような目。
は組がよく使うこの瞳に弱い半助だが、今回はなにやらふつふつと怒りが湧いてきた。
よくも…!!
精神統一を試みる。
臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 膳…!!
――う、いかん、印字の漢字まで間違ってきたぞ…
それでも多少頭が働いてきて、どうしてやろうか、という考えになる。
その間10秒くらい。
静寂が訪れ、目を開けた半助は決心した。
「きり丸、来い!」
頭を抱えて拳骨を覚悟していたきり丸の手をとった。
「え?ええ??」
きり丸は予想外のことで、慌て気味だがそんなことにおかまいはない。
小柄な子どもの体は、あっけなく、半助の膝に腹ばいになる。
「ちょっ」
「ちょっとまっ!」
言い終わらないうちに、まず袴の上から思いっきり掌を振り落とした。
バッシィ〜〜〜〜ン!!!
袴の上でも強烈な1打にうろたえる。
そのまま、同じくらいの力で続けて打ち下ろす。
そのたびに、きり丸の身体が跳ねた。
「痛い! 先生! や!」
なにか言ってるが、すぐ終わらすつもりはない。
「あああぁぁぁぁ!!」
それから連続で素早く十数打を打ち付けると、今度は袴をひっぺがした。
子どもらしい、丸みを帯びたお尻が現れる。
今の衝撃からか、全体がうっすら桃色になっている。
きっとひりひりしてる。
しかし、ここからが反省の時間…
はあっと自分の右手に息を吹きかけて、気合と共にまた力をこめて素肌を叩いた。
―――バチィィィィン!!
激しい音がして、きり丸が悲鳴をあげる。
今のは効くだろう。
左のお尻に手形が。
続けて右も。
「痛いぃ!痛いぃ!!!」
「当たり前だ、ばか者!」
「ご、ごめんなさぁ〜い!」
「今日は簡単には許さない。何故、やるべきことをやらない!?」
べしっ!
「やることは、やれ!」
ビシィ!
「自分でそれに気づいて、やることが大事なんだぞ?」
ペン!
ペン!
ペンッ!!
時にゆっくり、時に早く叩かれ、きり丸はもう半泣きだ。
言葉も「痛い!」しか出てこない。
時々「ごめんなさい」も言ってるが、多分、頭は混乱しているだろう。
それ以上言っても、通じないのでそれから、しばらくは無言だ。
力加減がしやすい掌は、時に道具よりも効果的な痛みを与える。
やろうと思えば強固な板のようになるのだ。
右に左、横に上に、下に真ん中に。時に同じ場所に。
救い上げるように叩く場合もあるし、つぶすような勢いの時もある。
きり丸の様子を見ながら本当に身に沁みるまで、長い時間かけて、半助はお尻を叩いた。
もうこんなこと繰り返させやしない…!!
*******
きり丸にとっては長く辛い時間が過ぎた。
それももう終わる。
最後に一発、とびきりの痛いやつをお見舞いして、お仕置きは終わった。
じんじんする熱と、ひりつく痛みに、とても身動きなどできない。
しばらく半助の膝の上で泣くだけだった。
「反省したか?」
「は、は…い…!」
「どうすればよかったんだ?」
「…ちゃんと…宿題…や、やればよかったぁ…」
「そうだ。やるべきことは自分でちゃんと分かってやること!これは大人になるのに必要なことだからな?」
「はい…ごめ…んなさい…」
「よし。」
終わった後も厳しかった、半助の声がその時初めて和らいだ。
そのまま頭を撫でる。
なでなでなでなで…
気持ちいい感触に、お尻の痛さを感じながらも、きり丸はほっとした。
そしてそのまま…
「すーすーすー…」
「あれ?お、おいきり丸??」
あーあ、寝ちゃったか…
叩かれ暴れ泣いたからか、そのままきり丸は腹ばいのまま眠っていた。
布団まで運ぼうと抱き上げようとコロンとひっくり返したら、「うぅん…」と身動きしたので、起こしたくない半助は固まる。
仕方ない…
苦笑しながら、壁に寄りかかりそのまま抱く感じで自分も眠ろうと思う。
結局、きり丸には甘くなる半助だった…
******
「き、きり丸!!急げ!!」
「わかってますよぉ!まってください!」
「お前のせいで遅刻しそうなんだからな…!!!」
登園日、寝過ごした二人を青空が見つめていた―――
また、騒がしい忍術学園での日々が始まる…
2006年11月13日(月)