【土井先生の受難の段】
「お残しは許しまへんで〜!!」
「いただっきま〜す」
食堂のおばちゃんのいつもの声が響き渡り、それにあわせて忍たまたちの元気な挨拶。
同時に賑やかな食事が始まった。
さて、と私もBランチを食べ始める。
今日は秋刀魚の焼き味噌付き♪香ばしくイイ匂いが空腹な腹を刺激する。
ごはんもふっくら炊き上がって美味しそう☆
そして、おばちゃん特製の漬物と汁物・・・。
「あ!」
汁物のふたを取った瞬間、私はあまりのショックに固まってしまった。
「おや、土井先生。なにかありましたか?」
同僚の新野先生の声に、はっと我に返り「いいええ、なんでもないです・・・」と必死に作り笑いをしてごまかした。
「ああ、そうですか」
新野先生はなにも気づいてなさそうでのんびりと笑い、他の先生達とのおしゃべりを再開する。
私もさりげなく器にふたをし、なんでもない顔を装いながらたわいもない話に参加した。
―――なぜ!汁物の中にかまぼこが入っているんだあああああああ!!!!
しかし内心はこんな叫びでいっぱいだった。
私は魚の練り物が大っっっっっ嫌い!!なのである。
かまぼこも嫌だし、ちくわやつみれ、なるとなども絶対にごめんだ。
食感・味共に苦手で、うどんにかまぼこが入っている場合、おでんにちくわが入っている場合などは最初から注文しない。
徹底していたのに!
器にふたがしてあったせいで、気づかなかった・・・。
こんなに慌てているのには、訳がある。
普通なら残せばよいのだ。しかし、ここは忍術学園の食堂で食堂のおばちゃんがいる。
「お残しは許しまへんでえ!」という言葉の通り、この人は絶対に残すことを許してくれないのだ。
それは忍たまは勿論のこと、先生・学園長に至るまで絶対のルールだった。
そのためか、今では残す者などいない。
どうしても残す場合は、こっそりとおばちゃんに見つからないように他の者に食べてもらうのである。
・・・しかし、今日に限って山田先生も1年は組も実技の授業で、裏裏山までマラソンにいっている。
・・・どうしよう
焦るがどうしようもない。食べ終わったふりをしてお茶を飲みながら時間稼ぎを試みる。
「それでは、お先に」
「次の授業は休みですか。いいですなあ」
なんて言いながら他の先生達は、午後の授業のために去っていく。
他学年の忍たまたちもいなくなり、いつしか食堂は私だけになっていた。
「あら、土井先生。お茶もう一杯いかが?」
優しげな声でおばちゃんが話しかけてきた。
びくっ
無意識に体が強張る。
「あら、食器。もう洗っちゃいますから下げますね」
「お、おばちゃん、いいです、私が下げます!!」
叫んだ時には遅かった。
お盆を持ったとたん、おばちゃんの顔が厳しいものとなる。重さで何か変だと気づいたらしい。
止めるまもなくふたを開け、私の隠し事はばれてしまった。
「・・・土井先生?」
「ご、ごめんなさい」
観念して頭を下げる。
「お吸い物が残ってますよ?」
「・・・」
言葉が出てこず、言外に食べたくないことを白状してしまった。
おばちゃんはため息をつくと、息を吸い込み大きな声を出した。
「またですか!!!この前勘弁したあげたばっかりでしょう!」
そうなのである。
この前のカレー(どうしてカレーにはんぺんがはいってるんだ!)のはんぺんの時には、
しんべヱに食べてもらっているところを見つかったが、何度も謝り一度だけ、ということで許してもらったのであった。
「・・・・・・」
何をいわれても、もはや沈黙のみの私だった。
「来なさい!
」
・・・え?
どうやって許してもらえるか考えていた私には、おばちゃんの言ったことが聞き取れずにいた。
「来なさいと言っているの!」そのまま腕をつかまれて、食堂のとなりの台所へ連れて行かれる。
「お、おばちゃん?」
もはや怒り心頭のその人は、返事もせずに小さいベンチに腰掛けた。
「お尻だしなさい!」
膝をぽんぽんとたたきながらそう言った。
はい?
これは、そのう、膝にうつぶせになって・・・しかも、えーとアレをされる・・・?
忍たまたちに私も何度かやったことがある、お仕置きをされるということか??
∑(゜Д゜)
をいをいιマジですかい?
脳裏にいくつもの疑問符が生じ、おばちゃんの命じていることは分かったが、恥ずかしくて恥ずかしくてとても動けそうもなかった。
「おばちゃん!すみません!今回だけ、今回だけ許してください!!」
手を合わせながら頭を下げ、「それだけはやめてください!」と頼む。
「もう、子どもじゃないんだし・・・」
「子どもですよ。好き嫌いがあって残すなんて子ども達でもしなくなりましたよ!?子どもにはこういうお仕置きが一番効果があるんです。」
「さっお尻!」
逃げられない。観念するしか道は残ってないことが分かり、しぶしぶ袴を膝まで下ろしておばちゃんの膝に乗った。
何年ぶりだろう?
ごく小さい時にお尻を叩かれたことは合っても、もうずっとそんな経験はなかった。
大人の身としては、手と足がもう床につく。
重いのではないだろうか?と考えたが肉付きのよいおばちゃんの膝は軽々と私の体重を支えていた。
がっしりと腰に手をまわされた。すーすーと風が尻をなで、急に心細いような気持ちになった。
「だれも来ませんように」
祈るばかりである。
「今日は絶対許しまへんで!」
―――バチィィン!
い、痛い。すごく痛い!!
だが最初は大人として、教師としての誇りから耐えた。
バシッ! バシッ! バシッ!
一定の間隔を置いて規則正しいリズムで叩かれる。しかし、その叩き方は変化に富んでいて、右を連続で打ったり腿との境目の場所を狙ったり、真ん中だったり上のほうだったり、とにかく予測がつかない。
予想がつかないため覚悟ができず、思いもかけない痛みによってだんだんと私は取り乱していった。
自分の呼吸が荒いのが分かる。
手も足もジタバタともがくように動いた。
が、腰に手がまわされていて逃げられない。
バシィッ
「痛っ!」
十数回目でついに声が出てしまった。それからは溜まっていたものから吹き出していくように、声が自然と出た。
「痛い!痛い!痛い!痛い!」
「痛いのは当たり前ですよ!反省するまで許しません!!」
「は、はんせ、い し・た・・・」
「してません!この前から何日もたっていないでしょう。」
ベシッ ビシッ バシッ・・・
「う、いたぁ・・・あああ! うわああああああん」
あろうことか!自分が泣いている。お前はいったいいくつなんだ・・・頭のどこかで冷静につぶやく自分がいたが、今はそれどころではない。
いくつだって、教師だって、忍者だって、鍛えてもいないところをこんなにたたかれれば誰だって耐え切れないであろう。
「なんて言うの?」
「ごめんなさ・・・ぁいぃぃ、ごめんなさーい!」
必死に叫ぶ。
「はんせい、ほ、ほんとにした・・・から!!だから、ご、ごめ」
あとは涙と嗚咽で言葉にならなかった。
気がついたら袴を直してもらって、ベンチに一緒に座っていて、食堂のおばちゃんにぽんぽんと背中を優しく叩かれていた。
袖で涙をふくが、そう簡単に涙はおさまらず、おばちゃんともどう顔をあわせればよいのか分からず、ずっと袖で顔を隠していた。
お尻もじんじんと熱を帯び、ひりつくような痛みを持ってうずいている。
そっと、おばちゃんが離れていく。
見捨てられたような気になって、また涙が出てきた。
だめだな、私は。
練り物もどうしても食べれない。
食堂のおばちゃんも怒らせて・・・。叩かれて泣いてしまったし。もうどうしようもない・・・。
情けなかった。
「ほら土井先生。」
肩を叩かれ反射的に顔を上げる。
そこにはいつもの優しいおばちゃんがいた。
「今日はこれで勘弁して上げます。」
おばちゃんが持っていた小皿には小さい小さい、1ミリ角のかまぼこが入っていた。
指でつまんで口の中に入れる。あまりにも小さくてなんの味も感触もしなかった。
「あら、食べられたじゃないの〜!よくがんばったわね〜」
温かい声で、おばちゃんがたくさんたくさん褒めてくれた。
私はまだ、泣いた余韻でぼーっとして無表情だったが、ものすごく嬉しかった。
「それじゃあ、今度は1ミリ角から、始めましょう。ね?じょじょに嫌いなものも食べていけるようにしたら人生きっと楽しいですよ」
「・・・はい」
やっと少し笑える。おばちゃんもにこにこ微笑んでくれた。お仕置きも本当に私のためを思ってしてくれたのだろう。
それからまだしばらく気持ちを落ち着けて食堂でお茶を飲みながら、濡れタオルで目を冷やし次の授業で泣いたことがわからないようにした。硬い椅子に座っているお尻はまだ痛いけど。
「・・・もう、もどります」
食器を洗っているおばちゃんに声を掛け、出て行こうとする。
「あ、あんまり落ち込まないのよ〜。お尻叩いたのは土井先生が初めてじゃないからね。野村先生だって去年くらいまで、らっきょが食べられなくて泣いてたんだから。」
野村先生が!?先輩の、二年生担任野村雄三先生の顔を思い浮かべる。
急に、心が軽くなった。先生の中にもそんな人がいるなんて。
情けない思いが少しおさまったような気がした。
「はい!」
今度は元気よく返事をして、次の授業のために食堂をとび出していった。
はやと
2003年11月23日(日)