【とある生徒の受難の場合】

 

「さて。」

厳しい声が、しんと静まり返った室内に響く。

これから行われるであろう、叱責を覚悟してセリオスは首をすくめた。

 

***

緋色の絨毯が敷かれた、豪奢な室内。

様々なアンティークな品々も置かれている。

しかし、ここは教室なのである。

 

マジックアカデミー。

一流の魔術師を目指す名門校である。

階級制度を取り入れているその学校は、向上心を持ち熱心に勉学を志す者にとっては魅力あふれるところであろう。
階級は10級にわかれており、一番下がフェアリー組、次がホビット組…と続く。
生徒たちは、同じ階級内で争い、次のクラスを目指していく。

アニメ&スポーツ
スポーツ
雑学
学問
芸能
ノンジャンル

の6つのジャンルに分かれていて、均等に勉強していかなければならない。
試験に得意分野だけが出るとは限らないのである。
独学だけでは効率が上がらない。
なので、得意な分野を伸ばすか、苦手な分野を鍛えるか、それぞれのジャンル別の先生たちに個人授業を願う生徒が多い。


ホビット組所属のセリオス…今年15歳になる、銀髪の少年もその一人だった。

少しきつめの美人とも言える顔立ちも、答えを考えるときはあどけない表情になるところが可愛いと、裏で女生徒たちに評判だ。
彼の得意分野は学問や雑学など。
常識で考えれば賢いとも言える頭の持ち主であるが、一筋縄ではいかないのがマジックアカデミー。
全ジャンルを制覇しなければ、上のクラスへ進んでいかない。

芸能は彼の最も苦手とするところだった。

TVはあまり見ない。

女性にも興味がないので、芸能人の顔などすべて同じに見える。
お笑いにも縁がない。
映画にも興味はない。
つまり何にも分からない。
仕方なく芸能担当の先生に個人授業をお願いして通っている。

芸能担当教師フランシスは端正な顔に、カーブを描いて肩まで落ちる髪の毛、切れ長の瞳を持つ、見るからに伊達男だった。
そして、芸能一般、(TV/CM/映画/音楽など)を心から愛する人でもあった。

物分りの悪い生徒にも分かりやすく、この素晴らしい世界を教えようと、熱心に教えてくれたのだが…

 

***


「説明してもらおうか」

冷ややかな声。

フランシスは、怒りを抑え切れなかった。

手には、目の前で縮こまっている生徒の答案と成績表が握られている。
他の科目ではトップ3になっているのに、彼の受け持つ芸能だけが、ビリなのである。
答案用紙には空欄が目立つ。
困りきってか、「ああああああ」とだけ書いてあったり。
まじめにやってるとはとても思えなかった。

「む、難しくて…」

射すくめられて、無言を決め込んでいたセリオスは嫌々答えた。

「ほぉ?」

今度は嫌味なほど笑顔になって、フランシスは畳み掛けた。

「分からなかった?」

「・・・・・・・・」

「ここと、ここと、ここ…、確か前にも間違えてやり直しをしたよな?
記憶してないのか?何故、一言も書かれてないんだ?
例え覚えてなくても、なにかしら書こうという努力をしてみるものだぞ?
予習はしたのか?
ここらへんの問題なら予習テキストに載ってるはず。
ちゃんと予習してれば、ホビット組なら余裕で解けるはずだぞ?」

「・・・・・・・・」

こうなることはセリオスも分かっていた。

呼び出された理由も叱られることも。

でも、芸能の教科なんか好きではないのだ。

学問の方が好きだったし、どうせ苦手ならスポーツの方がまだしも勉強しやすい。

苦手だから仕方ないと始めた個人授業だったが、はっきり言って苦痛だった。

個人授業を頼んだことを、心底から後悔していた。
だから予習もサボり、テストも投げやりに・・・。

もう、それでいいかとも思う。

今回のことで先生が激怒して、個人授業を首になればいっそ楽だと彼は思った。
別に予習をサボったことを謝るつもりはさらさらなかった。


「聞いているのか?」

ふいっと目線をそらしてしまった。

その顔にはありありと「めんどくさい」と書いてある。

それに気づかないフランシスではない。
真剣に向き合おうとしていた気持ちが裏切られたのを知って、怒りは急速に燃え上がった。
反対に頭の中はすーっと、冷静になっていく。

――どうしてくれようか?

 

「聞いてないようだな」

パチン

その途端、持っていたタクトにも似たロッドから、魔法の光が発射されセリオスの身体にまとわりつく。

「うわっ」

小さく驚きの声を出したセリオスだが、お構いなしに光は勝手に彼の身体を空中に持ち上げた。
フランシスはゆっくりと椅子に腰掛けて、もがいている生徒を見上げてにんまり笑った。

「さてと、やる気のない生徒にはどうしようかね」

「せっ先生っ!これって…!?降ろして…!!」

しばらく、じたばたさせておく。
どうせ、こんな程度で外れるようなやわな魔法ではない。

それから、彼はちょっとした良い考えが浮かんだ。

足に履いていた皮製のサンダルを脱ぐと、またロッドを振る。
光は2重に届き、セリオスは完全に腹ばいになり手足だけぶらぶらなってる姿になった。
まるでお腹に透明の何かがあるような。
サンダルはフランシスの手を離れて、上空へ上がっていく。


ひゅっ

風切る音がして、サンダルはまっすぐセリオスのお尻に振り下ろされた。

――バシッ

「痛い!!」

思わずセリオスは悲鳴を上げる。

「な…何するんですか!?やめてください!先生!!」

慌てて抗議するも、サンダルは2打、3打4打と続けて打っている。
ズボン上からとはいえ、皮製の平手は十分に威力のあるものだった。
セリオスの抗議の声はすぐに悲鳴に変わった。

「やっ!」

「痛っ」

「あ…っ」

フランシスは相変わらず、椅子の肘掛にもたれ悠然とその様子を見ているだけだ。
目はまだ怒っているためか冷ややかだったが、口元には笑みが浮かんでいる。

バシィッ

バシィッ

バシィッ

ゆっくり規則正しい音を立てて、サンダルは左右上下と自在に動き回り、確実にお尻への攻撃を決めている。
セリオスといえば、魔法により上半身をしっかり押さえられてしまっているので、手足しか動けない。
十数打ですっかり汗だくな生徒を見て、ようやくフランシスも口を開いた。


「どうだい?お仕置きは。」

「お、お仕置き…?」

「そうだ。この意味は、お前自身がわかってるはずだからな。行いを振り返って反省するんだ。」

ここの会話の時には、サンダルの攻撃は休められている。

少し息がつけたセリオスは、教師の言葉を理解した途端、屈辱感で顔を赤くした。


――この僕が…この僕がお仕置きだって?

子どもみたいに!?
僕は…何も悪くない!!
こんな勉強するだけ無駄だ!
先生なんか大嫌いだ!!

頭の隅では、さぼったことの後ろめたさや努力をすればいいのにしない逃げも感じているのだが、どうしても素直になれない。
自分に対する負い目を、全部他に転嫁させて、セリオスは意地になった。
元来優等生タイプで反抗する性質ではないので、口には出さない。
ただ、思いを顔面に全部出して、教師の顔を睨み付けた。
しばし、無言で両者とも睨み合う。

ふ・・・

先に息をついたのはフランシスだった。

「わからないのなら仕方がない。分かるまで、お仕置きは続行だな」

「ああ、これも邪魔だな」

パチン☆

魔法はあっという間に、セリオスのズボンとパンツを引き下げて膝元まで下ろしてしまった。

「なっ」

素肌が空気にさらされる感触と、裸のお尻が見られているという現実が更なる屈辱感を引き起こして、思わず口がぱくぱくした。
なにを言えばよいのか、分からないのだ。
先ほどの連打で、うっすらと赤みが差した状態の肌はひりついている。
そこに、凶器が再来した。

バッチーーン!!!

左のお尻の真ん中に、先ほどとは比べ物にならない衝撃が襲った。
皮と肌がぶつかり合って、激しい音を立てる。
明らかに容赦もなくなっていた。

「ああーーーー!!!」

セリオスは本気の悲鳴を上げた。

バッチーン!
バッチーン!
バッチーン!
バッチーン!!

続けざまに同じところを打たれて、あまりの痛みに、目をつぶって手足を動かして叫ぶしかない。

「嫌だ!」「離せ!!」

今度は右の上辺、下辺、真ん中、と続く。
みるみるうちに赤みが増えていく。


離せといわれても、フランシスも簡単にやめるわけにはいかなかった。

今回で甘くすれば、必ずセリオスはダメになる。

苦手だからやる気もない、逃げるほうが楽。

これではいくら得意科目があっても、上には進めない。

今は良くても、何度もレベルアップ試験に落ちてればこういう優等生タイプは挫折してコンプレックスの塊になる。

苦手なら、一層の努力をすれば良い。

その努力の手助けなら、教師であるからには全力で協力する。
しかし、こちらにはその気があっても、当人にやる気が見られなければ発展はない。
やる気は自分の中で作らないといけないものだからである。
せめて、逃げようとした卑怯な行いだけは反省してもらう必要があるのである。


魔法で動かしているため、フランシス自体はなにも動いていないが、目だけは真剣にセリオスを見つめている。


バッチーン!!!「ああっ」

ビシィッ!!!「あうっ」

ランダムに叩かれるため、どこから痛みがくるのか分からないので覚悟もできない。

一瞬力が抜かれた無防備な所を狙ってくるサンダルが、本当に憎らしかった。

痛みは増してきて、我慢もあっという間に限界を超えた。

もうすでに叩かれた数は50打を越している。

普段は冷静であるセリオスだが、見る影もない。
手足をバタつかせて、目をつぶっていてもにじみ出てくる涙と汗で顔はぐちゃぐちゃになって、悲鳴を上げている。

ついに、悲鳴は泣き声になっていった。


バシィィン!!

「うわぁぁぁぁぁぁん」

ピシャーンッ!!

「痛い〜!もぉっ・・・やめっ・・・・・・!!!」

「どうして、叩かれてるか、わかるか?」

「・・・・・・・」

「わからないか?」

「・・・・・・・!!」

「わからないか?」

質問されている間も、叩かれているため、痛くて痛くて考えてる暇もなかったが、
なにか答えないとこのお仕置きは終わらないのだということは理解できた。


「・・・・わかりました!」

「何故だ?」

「・・・・・えと」

少し手を緩めてくれたようで、攻撃は中断され、安堵で思わず脱力してしまったセリオスだったが、
またいつ再開されるか分からない。
痛みのせいで麻痺した頭を必死に働かせて、何か言わなければならなかった。

「試験で悪い点数取ったからです…」

「それだけじゃ正解じゃないな。何故、そんな点数を取ったところを考えてみろ」

「えと…う…、この教科が苦手だから…っぁう!!」

バシイ!!

急にまた一撃されて反射的に目をつぶる。
もう、少しの打撃でもなにもされてなくてもお尻全体が燃えるように痛い。

「苦手で。それでお前は何をしたんだ?」

「・・・・・・」

「ちゃんと予習復習して、備えたのか?」

「・・・・・・」

「してないんだろ?こんな点数取るってことは。分からないところがあったら聞くようにいつも言ってるだろう?
分からないでほっておくと、積み重なってきて大変なんだぞ?
勉強もしないで、キライだからって逃げていいのか?」

「・・・・・・」

「返事は!?」

バシッ

「ぅあっ…、だ、だめ…です」

「そうだろ?」

「・・・・・はい」

涙を手でぬぐいながら、消え入りそうな声でセリオスは答えた。

もう反抗する気は残っていなった。

認めるのは嫌だったが、フランシスが言うことも最もだからである。
もともと逃げている自分に対して後ろめたさがあるのだから、余計罪悪感が沸いた。


「わかったら、今までの自分を反省するんだな。」

「えぇ!?」

お仕置きを再開しようとしたフランシスに、驚愕してすがる。
もう、お尻は限界だ。
これ以上絶対に打たれたくない。
 
「反省しましたから!!お願い…です!やめて!もうぶたないで!!」

「ダメだな。今回は厳しくしないとお前のためにならない。
もう2度とこんなことを繰り返さないように、尻に言い聞かせてやらないと。
あと30回で150回になる。それで許してやろう。」

あと30回!?

さーっと青ざめる。

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!
もうしません!!もうやりません!!
もう、逃げたりしません!!!」

セリオスは今度こそ本気で言い募った。
許しを請う。
もう絶対に繰り返さないから。

「勉強します!!もう、こんな点数取りません!!逃げないで勉強する…!!から!!許して!!」

フランシスはそんな彼の様子をしばらくじっと見ていたが、ふと笑ってパチンとロッドを振った。
魔法の光が上空を包み、サンダルは元の場所に、セリオスはフランシスの膝の上へ移動した。

「それほど言うなら、10回でゆるしてやる」


―結局、叩くの!?

思わずそう言いたくなったが、賢い彼は余計なことを言うと罰が増えることを知っていた。

声を押し殺して、今度はしっかりとフランシスの服の裾を握り締めて耐える準備をする。

サンダルではなく、今度は掌がお尻に舞った。


ぴしゃんっ!!

威力はサンダルよりも小さいものの、痛めつけられてるお尻には充分効果がある。

ぴしゃん!!

ぱしん!!

ばし!!

ぴしぃ!!

ぱん!

ぴしゃん!!!

ぱしぃっ!!

べしぃ!!

びっしゃーん!!!


「うわあわぁぁぁぁん!」


最後は思い切り力を込めた一撃。

耐え切れず、泣いてしまった。

しばらく、無我夢中で泣いていたセリオスの頭を、やさしくフランシスはなでる。

「これから、一緒にがんばる気はあるか?」

うんうん、と無言で頷く生徒の姿に満足しながら、こんなにお仕置きの効果があったことに驚いてもいる。

これからは、彼をホビット組レベルの成績に戻していくために特別課題を出し、個人授業の量も増やそう。

尻叩きもサボったときは遠慮なく、加えていこうと決意しているフランシスだった。

 

セリオスはまだまだ芸能の教科とは離れられないようだ。

 

マジックアカデミー、上級クラスへの道は険しい。

はやと

2006年03月21日(火)

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