【枝拾い】

 

 

朝日がまぶしくて目を開ける。

レースのカーテン越しから漏れる光が、私の目覚めを促すのだ。

「ん……」

伸びをしていると、メイド頭のメーラーがやってきて慎ましやかに挨拶をしてきた。
ここまではいつも通り。
いつも通りの朝だ。
が、「おはよう」と挨拶をすると、彼女はそっと手紙を差し出した。

「旦那様からのお言付けです」

…イヤな予感がした。


まずは、いつも通りに仕度を済ませてしまおう。


洗顔をし、衣装を選ぶ。
薄いブルーのドレスは、最近注文して出来上がったもの。
秋空に似た明るい色で、さわやかな気分にさせてくれる。
メーラーとたわいもない話をしつつ…
化粧を薄くほどこし、髪をゆってもらう。
ふ、と笑ってみると、可愛らしい顔が鏡に映った(自分でいうのもなんだけどねw)。
そして食堂にいって朝ご飯…パンケーキとスープ・デザート、紅茶。
軽いものでいいわ。
野菜はキライ、シロップ漬けのチェリーは大好き。


それから…満腹になったところで、先ほどの手紙を出し、開いてみた。


「枝を拾ってきなさい」


…ほらね。

硬いんだからw
そこには、真白な便箋に1行軽く書かれているだけ。
それだけじゃ、なんのことか分からないでしょ?


「メーラー、今日は森に散歩に出かけるわ。馬車を出して。」

「奥様…もしかして…?」

「そう、『枝拾い』よ」

遠慮がちに尋ねてくる彼女に、憮然とした表情で応える。
まぁ、無理もないと思って頂戴。
『枝拾い』とは…。
鞭打ち用の白樺の枝を拾って来い、という意味なんだもの。
彼がお勤めから帰って来るまでの間に、拾ってこなければいけない。

これは夫婦の間にしか分からない合言葉だけれど、メイド頭の彼女には知ってもらってる。
傷だらけになった私のお尻に薬を塗ってもらわなくちゃいけないし。

お仕置き用のムチを、自分でとってこいなんて…とてもやりきれないわね。
悪いことをしたのは私だけれども、そんなのってあんまりじゃない?

こんなことは、結婚してから幾度あったかしら?
パーティーの時にお行儀悪くした時と…
彼にウソをついたとき。
ダンスのレッスンをサボったとき…
わがままが度を過ぎた時もヤられたわ…。

まったく…

ため息がでる…。


今回は?
何の罪かしら?
…何をしたか分からない。
本当よ!
最近は気をつけてお行儀も良くしてたつもりだったのに…。
だから、それだけ無意識で何かイケナイことをしたってことね…。
怒ってる…彼の顔を思い出すと…
心臓がきゅぅっと痛くなるような気がする。

気がするだけだけどね。


なるべく、後に訪れる「そのこと」を考えないようにして、何食わぬ顔で馬車に乗ったわ。

ほら。

窓に映る景色がとてもきれい。

紅葉が美しい。
落ち葉を踏みしめて、森の奥まで進むの。
適当なところにとめてもらって、散歩をメーラーと一緒に。
日傘も水色。
ドレスとコーディネートされて、とても嬉しいわ。
こんな時でも、楽しめるっていいわね(^^)
歩いていると、何本か小枝とともに少し長さもある枝を見つけた。
どれにしようかしら?

なるべく安全なもの…

なるべく痛くなさそうな太さのものを選んで。

最初の頃は細いのが良いのかと思って、なるべく細いものを選んだら、切れるかと思うほど痛かったわ。
後で鏡を見たらヒドイ蚯蚓腫れが幾つも出ていたの!
赤い線は消えず、じくじくする痛みもしばらく続いた。
酷い痣も。
細いのはイケナイ。
でも太すぎたら、「こんなのは枝じゃない」とこっぴどくまた怒られたの。
だから、ちょうど良い枝を探さなくっちゃ。




屋敷に戻ってきたのは、夕方。
お茶をしてとりあえずくつろぎ、白樺の枝はメーラーに洗って磨いてもらう。
ささくれが刺さらないようにね。
お茶の後は、なんとなく手持ち無沙汰になり、私室に戻って詩集でも読んでいたわ。
でも、ほとんど内容なんて頭に入らなかったけど。
だってもうすぐ彼が帰って来る。
ちら、と見たベッドの上にある枝が恨めしかった。



―――コンコン



それから四半時も経った頃、ノックする音が響いた。
どきん、とした。

「…どうぞ。開いているわ。」

扉は静かに開けられ、背の高い彼が入ってきた。
帰って来てすぐここに来たみたい。
仕事へ行ったときの格好そのままだった。

ソファーに座っていた位置をずらし、彼が座れるようにする。

「…おかえりなさい」

「ああ、ただいま。元気だったかい?」

「ええ。」

にこやかにお互い挨拶を交わす。
彼の指が頬をすっとなで、目が優しく細められた。
そう。彼はとても優しいの。
私を愛してくれている。
そのことを感じれる瞬間が嬉しくてたまらない。
罰の宣告なんて忘れてるかもしれない。
そんな期待すら抱かせるほどの、穏やかなひと時だった。
冷や冷やしながら、そんなことはおくびにも出さずに笑顔で応対していた。

でも…

「―――さて。昨晩なんだが…」

キタ!!!!

ドキンと心臓が早鐘を打った。
声の調子と雰囲気がいつの間にか変わっている。
昨日、なにがあったかしら??

「この前買ったばかりの扇子が…なぜだろう、折られて処分中だった。」

「…あ…!」

「なんで、新しい扇子が壊れるんだろうね?」

「…ぅ」

思い出した!!
昨日は、昼間にお茶会に出席したのだけれど、気が合わないグレイス夫人と同席することになって…案の定厭味ったらしい物言いにカチンときて帰ってきてから、むしゃくしゃして扇子を折ったの。
それをメイドに預けて、処分してもらったのだけれど、…見られたのね!
ついでに、花瓶に生けてあった花をまとめて窓から捨てたわ(水も一緒にね)。
それはバレてないかしら・・・?
どきどき…


「なんでだろうね?」

「…」

「ん?」

「あの…」

色んな言い訳が頭に浮かんで消えた。
「転んでしまった…」
「つい、偶然に…」
言い訳が浮かぶ。
けど…たぶんもうバレてる。
しぶしぶ、昨日の夫人とのやりとりを話し、どんなにイヤだったかを訴えた。
イヤな想いをぶつけられなかったから、つい扇子に当たってしまったこと。

「……そう。」

分かってくれたかしら…?
じっと聞いてくれた、彼は穏やかに言葉を重ねた。

「君は…怒りと憎しみと腹立たしさで我を忘れてしまったんだね」

「…ええ」

「君は優しいコなのに?残念だな。ちょっと心が黒くなってしまったようだね…。」

Σ(゜Д゜)
え!?
そう言われた途端、きゅーーっと、それまで感じていた「夫人が悪かったからしょうがない」といった気持ちがしぼんでいった。
強気な、私は悪くない!といった気持ちがなくなり、代わりに焦りを感じてくる。

「人には合う合わないがいるのは仕方ないさ。それを真に受けて君までイヤな人になることはない。ましてや、罪もない扇子を真っ二つにするなんてねw」

「……」

「そんな子どもみたいな悪さは許さないよ」

「…!!」

「黒くなってしまった心を、叩きなおして上げる」

優しい、しかし断固とした口調で宣告されて、さぁっと青ざめたのが分かった。

「そ…そんなことないわ…もう、しないもの…」

「ダメだよ。もうしない、なんて言うくらいだからイケナイのはわかってるだろう?僕は、君の素直な可愛いところが好きなんだよ。黒くなっちゃいけない。」

「…はい…」

なんだろう…扇子を折ったのは罪ではなくて、折ろうとするまでにイラついた心がいけなかったってこと?
頭がごちゃごちゃしてきた…。
でも、感情的に怒鳴りつけないところが彼の素敵なところだと思うわ。

とりあえず、納得したから…素直に頷いてみる。

「そしたら…イイコに戻れるように、『お仕置き』だ…」

ぞくり。
その言葉で身震いが走った。
でももう後戻れないから。
彼の栗色の瞳が、妖しく見つめている。


後は覚悟をきめて流れに身を任すしかない。


目線を逸らして、しばらくは黙っていたけれど…
それではいつまで経っても進まず終わらないから。
ベッドのある、隅っこまで行った。
まずは指示で、ドレスをたくし上げ落ちないように紐で結わく。
下穿き姿になり、赤面する。
まだ序の口だけれど。
その間にカーテンが閉められ、ランプが1つともされ、室内は薄暗くなった。
2人の影が黒々と浮かび上がってきて、空気が重くなったわ。


準備が出来てからも、「できました」なんて声は掛けられなかった。
なるべく痛みから遠ざかりたい。
でも、いつまでも終わらないのはいや。
いけないことしたら罰されないと…この関係が壊れてしまうわ。
堂々と愛されたいの。
いつもみたいににっこり笑って、キスしてこの身体を抱きしめてくれないと。


罪が裁かれるには、どれだけの苦痛を共にするのだろう?

過去の痛みが甦ってくる様で、思わず胸の前で手を組まずにはいられなかった。

  神よ…!!



彼が、ベッドの枝を手にとって、一振りした。

――ビュッ


恐ろしい音がしたわ。
あれが、私のお尻に振り下ろされる。

  怖い怖い怖い怖い怖い!!!!

ぺちぺちと、手の平に打ちつけ感触を確かめている。
そしてゆっくりと近づいてくる…彼は今は、罰の執行人。
冷酷な。

「…デルハルト…怒ってるの?」

「ん?そんなには怒っていない。ただ、少しカナシイね」

――ずきん!

ひどいわ!
そう言われたら、素直になるしかないじゃないの!!
愛する夫を哀しませることは、私だって望んでないのよ!

「忘れないように、今日はたっぷりとお仕置きしないと。はしたなく逃げるんではないよ?」

これで逃げ場はなくなった。
後は、ひたすら耐えるのみ。
でもこみ上げる恐怖は、どうしようもない…身体が震える。

そんな私をそっと包み込んで、デルは背中を何度も撫でた。

「よしよし…」

目を閉じると、そっと手首をつかまれた。

「この方が幾分とマシだろう?」

ひざまずかせられ、両手首がベッドの向こう側の柱に結わえ付けられた。
上半身はベッドの上、足は床。
結果、お尻が突き出るカタチとなる。


自分で耐えていれば、逃げ出したくなる。
その心と戦いながら罰を受けるのは、確かに苦痛なの…。
でも…身動きが取れない…
怖い…!!

嗚呼!!!


――ビシィ!!!!

そして…お尻の真ん中にすごい衝撃が走った。

熱くて痛くて、切れるような!!!

そのグラデーションのように次々変わる感覚を味わう間もなく、2発目がきた。
鋭い音と共に、また灼熱の痛みが湧く。

「あああぁっ」

ぴしっ
びしっ!
ピシーーッ!!


ゆっくりと確実に、攻められていく。

気が狂いそうになる。

「やあっ」
「痛い!!」
「っはぁぁ!!」

でも知ってる。
まだ、ウォーミングアップにしかなっていないことを。
だから、まだ耐えるしかない。
手が動かない。
身体が最大限伸びているから、身体もそんなに動かない。
頭を振ることで精一杯。

幾度、打たれただろう?

枝が…今回はよくしなってるわ…!!!

嗚呼、痛い痛い痛い…!!!


時間をかけてウォーミングアップは行われた。

だって…

「さぁ、準備はできたかな?」

その言葉と共に、下穿きが脱がされた。
裸のお尻が出される。
こうされてからが、「本番」なのだから。
降ろされるときに布が肌をこすって、思わず呻いた。

「ぅぁ…!」

「うん。よく焼けてきた。桃色の線が幾つもついている。」

「ぅ…」

「でも、まだまだ足りないからね。もう少し思い知りなさい。」

言いながらお尻を爪で軽くひっかいたり、指先で撫でたりする。
それだけで、気絶しそうだった。
痛みとなにか別の感覚に苛まれて、もだえる。
力を抜いた瞬間にピシッとまた枝で打ち込まれ、痛みに叫び目をつぶる。
下穿きを履いていた時とは比べ物にならない、直接的な痛みを味わう。
そして、また指先でいたぶられる…

「ああっ!!」

「止めて…!!!」

「おねがい…!!!」

どんなに懇願しても、彼の手はゆるがない。

気が狂いそうになる。
だんだん頭の中が白くなって、朦朧とする。
手を振りほどこうと、体勢を変えようと、自由にならない身で必死にもがく。

「…動かない!」

その度に厳しい声が、痛みと共に降ってくる。

そう言われても…そう言われても…

だんだん意識が遠ざかる。
部屋の中ということを忘れ、彼の言葉と振り下ろされる枝、お尻の痛みがすべてになる。
そして脳裏に響く「――ゴメンナサイ」の文字。

うわごとのように繰り返すのみ。

……

……

気がついたら、手首の布を外され身を起こされていた。
呆然と立つ。
目の前に彼の顔。
少し笑っているような…?


ダメだわ。まだわかんない。
よくわかんない。

おでこをくっつけられて、「少しは懲りたかい?お姫様?」

うん。
うん。。。!!

夢中で首を縦に振った。


「何がいけなかったの?」

「…黒くなった…」

我ながらマヌケだと思う。
たどたどしい言い方しか出来てないじゃないの。

「もうイイコになれる?」

「は…はぃ…」

「よぉし…!」

ぎゅっと抱きしめられて、ほっぺにキス。
あっ…
緊張が切れて…
だ…め…!!!!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

泣き声が勝手に出てくる。涙も。

わぁぁぁぁんわぁんあぁぁぁぁぁぁ〜!!!

私は、感情のままに泣いたりしないのに!
止めたいのに止まらない、激情。
つったったまま、泣いた。
子どもみたいだわ…!!


その間、彼は黙って抱きしめてくれた。
撫でながら。
ベッドに座り、膝へ誘った。
抱っこをされる形になり、そのままで、しばらくは泣いていた。
落ち着くまで。


「痛かったわ…!!」

「うん。」

「怖かった…!」

「うん…」

想いを全部出して、でもちゃんと謝って、話をして。
そうして、落ち着いていった。
で、彼の「もう、怒ってもいないし、哀しくもなっていない」という言葉を聞いて、やっと安心できた。
赦される瞬間の、安堵感はとても言葉にはできないわ。


でも…
「ごめんなさい。扇だけじゃないの。あの時は本当に苛苛していて…活けてあった花も窓から捨てたわ」

安堵感から、いらぬことを言ってしまった。

彼は、それから私の身体をひっくり返して、またお尻を出したの。
苦笑しながらね。

「じゃぁ、これはその時のいけない報いだよ」

ぴしゃん!ぴしゃん!!
ぴしゃっ!!ぴしゃん!!

今度は枝ではなく、直接の手の平。
少し手加減してくれたみたいだけど、触れるだけでも痛いから、そんなにされると、またズキズキひりひり酷く痛む。

「あぁ〜んあぁ〜!!」

「ごめんなさ〜〜い!!」

縛られている時とは違い、膝のぬくもりが安心できる。
レディーらしく耐えるなんて、無理だった。
100回くらいは平手で叩かれたであろうか。
わぁわぁ、それから最後のお仕置きが済むまで、ずっと喚いていたのだった。



お仕置きが済んだら、もう悪いところは消えて…いつもの関係に戻るの。
抱きしめて慰めてもらって。
それから、彼は身支度を整えるために出て行った(ずっと仕事着のままだったもの)。
入れ代わりに、メーラーがやってきて、ベッドにうつぶせている私のお尻を手当てしてくれた。

「奥様…!これは随分と…」

「みっちりヤられたわ(^^;)」

「ところどころ蒼くなられていますわ。これはしばらく痛むかもしれませんね。」

薬を塗ってもらって、冷やしたタオルをのせてもらって、夕食時まで寝ることにした。
もう半刻ほどだけだけど。
多分、イスに座るのもきついだろう。
しばらくは、この罰を嫌でも常に思い出すことになる…。



彼の望む女性になれるように…


気をつけようと思うのだった。

もう枝拾いはこりごりだわ!

 

 

2007年11月26日

はやと

 

少し昔のイギリスらへんの貴族のイメージ…
けど、詳しいことはなんも知らないのですw
ごめんなさい(笑)
(てか貴族とは無縁の庶民なので、最初高貴な奥様を書くつもりがそこらへんの小娘になってしまいました・笑)
奥さん…23歳くらいです。
旦那様は30歳くらいです。
ちなみにメーラーは29歳くらいです。

長いのに読んでくださってありがとうございました(^▽^)

 

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